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   (別離2)

 アルハザートが自分を責めている。彼を傷つけてしまった。

 現れた目の前の城は目に入らない。

 ナイアーラトテップの中央城より大きく荘厳なその城は、この世界の王が住まう王城アザトース城だ。


「どうしよう……」


「心配いりませんよ。あなたの世話は責任を持って私がいたします」


 シュブはアルハザートにあんな目にあったにも関わらず暁に好意的だ。彼女なりにナイアーラトテップの事情を悟ってくれたらしい。


「アルハザートはきっと自分を責めてる」


 あのひとは真面目なひとだから。

 子供扱いしかしなかったけど、一生懸命守ってくれた。すごく純粋なひと。

 たった一人で『門』を守りながら自分を責め続けてる。

 それを思うと胸が苦しくなった。


「解散! 皆ご苦労でした」


 暁の肩に手を置いたままシュブは言い、また空間移動する。

 地味ではあったが上等の調度品がそろえられている部屋が現れる。


「さあ、お座りなさい。優しい子ね、でも男の子がいつまでも泣いていてはいけませんよあら」


 暁の前髪をかきあげ、涙を拭こうとしたシュブは驚きの声をあげる。


「奇麗な顔ね。女の子でも通りますよ」


「……誰も気づかないけど、女だもん」


 自分でも気づかないうちに泣いていたことを指摘され、暁はいじけている。

 シュブの手を逃れ自分で涙を拭く。


「ふふ。ではあちらに戻った時に驚かせてあげましょう。まずは髪をそろえなくてはね」


「戻れるの!?」


 年上に対しては敬語を使ってきたが、シュブにはなぜか使えない。


「ええ、私は『お預かりする』と言ってきましたでしょう? なんとか各城の方達に、貴女がただの異世界人であることを悟らせ、欲の的にならないようするつもりです」


「ただの異世界人?」


「ええ。アズーア様より手紙が城に届いて、その中にそう書かれておりましたよ」


 蝦夷えぞのことは?


 この世界を守っているザイウェトロストと同じ魔物が同化してるってことは?


「他には?」


「……特にありませんでしたけれど」


 どうしよう。蝦夷えぞのことを黙っていればナイアーラトテップに戻れるかもしれない。でも……話したら、戻れなくなるんだろうか。


 アズーアさんが書かなかったってことは、話さないほうがいいんだろうか。


「異世界人がどうしてザイウェトロストの結界を破ったのかなー、とか、思わない?」


「私もそれが気になってましたの。どうしてですか」


 異世界人だから特別なんて、ごまかせないかな。最初から嘘つくと、後でやっかいなことにならないかな。嘘ってやだしな…。


 自分から話を振ったくせに、暁は追い込まれてしまった。

 俯いて考え込む暁に、シュブは応えることを強要しない。


「とにかくもう休みましょう。……落ち着きましたか」


「ナイアーラトテップが心配だよ。でも私はあそこへ行くことはできない」


「いいえ、そんなことは……」


「ありがとう。でもできないんです。貴女は知らないようだけど、私には同化している魔物がいます」


 この優しげで親身になってくれる女性に、すべてを打ち明けることにした。ここには私を守ってくれるひとはいない。だからせめて心から信用できるひとをつくろう。心の支えになれるように。


「まさか……」


 怯えの表情がシュブに浮かぶ。ザイウェトロストの結界を破ったのは、その同化した魔物の力だというのか。では同化している魔物はザイウェトロストより強力なのか。それでは各城の者達がこぞって欲しがり内乱が起こる。


「ザイウェトロストです。私はザイウェトロストと同化しています」


 す……、と暁の肩に蝦夷が現れた。

 シュブは安心したようだったが、言葉が出てこない。


「欲の的に、なりそうですか」


「大丈夫よ。王城が保護した以上、手出しはさせません。するほど愚かな者もいないでしょう。た

だ……ナイアーラトテップに戻れるのには時間がかかりそうね」


「戻れますか、これでも」


 シュブはにっこり、と微笑んで暁を抱き締めた。


「よく話してくれましたね。……あなたは戻りたいのでしょう?」


「……でも、彼らの迷惑になるのなら、戻らなくてもいい」


 守られるのは、とても居心地がよかった。

 けれどそれは彼らの仕事を邪魔してしまっていた。だれかの犠牲を伴う満足なんてしたくない。


「うまくできるよう、対策を練ります。さ、貴女はもう休みなさい」


 隣の部屋に暁を送る。


 シュブは自室の窓辺に腰かけ、深くため息をついた。

 開かれた窓から、不自然に風が滑り込む。

 笑い声が、微かに耳を撫でる。彼女の同化している、魔獣気配だ。


「笑わないでくださいな。私が年下に甘いのは知っているでしょう? 普段は鬼の獣魔団長を気取っているけれど、年下は駄目なんです。弟や妹を思い出してしまって。アキラさんもあの子達と歳は違わないでしょうに……それを思うと他人事とは思えなくて」


 ふぅ、と重く息をつく。


 心配でたまらなかった。

 相談すべき人は誰だかわかっていたが、どうやらそのひとの身になにか起こったらしい ナイアーラトテップの責任者、アズーア。

 シュブはアズーアの従姉妹にあたる。


 渦中の来訪者を引き取る時に現れるのはアズーアだと思い、その折詳しいことを聞こうかと思っていたが的が外れてしまった。アズーアが力を使うほど、ナイアーラトテップは苦戦したのだと知り戦慄を覚えた。


 早々に来訪者の正体と無害性を明らかにしなくては。


 だがザイウェトロストと同化した者だと知れば、彼らはこぞって欲しがるだろう。所有権を王城に一任すれば、納得もするだろうがナイアーラトテップはそれを認めるだろうか。正体や無害性と言ったとしてもナイアーラトテップが研究していない以上正確ではない。


 やはりアズーアに相談すべきか。噂ではエリュオナ殿もナイアーラトテップにいるらしいし。

 宮廷には王城を護衛する獣魔団以外すべて政治の運営に携わる者達ばかりだ。魔物と同化する者に理解があるとは言いがたい。どちらかというと蔑む傾向がある。


 そういった者達に暁の人間性をわからせるのは、大仕事になるかもしれない。


 風がシュブを包み、消えた。


「そうね。私も休まなければ……寝不足の頭でいい策がみつかるとも思えないもの」


 そっと立ち上がり、窓を閉め寝室へ向かう 衣擦れの音を最後に明かりが消えた。

 








 暗い室内でしばらくぼんやりしたあと、引かれるようにして窓に歩み寄った。


 空には大きな月が浮かんでいる。王様はいい夢を見ているのかもしれない。

 窓の外には、月明かりに照らされる庭園があった。花籠を抱え花を摘む女の子の彫刻が中央の花壇の中にある。夜だというのに所々白い花が咲いていた。


 眠気はまったくなかった。時差はなくなったはずなのに、眠れない。眠りたくもない。

 今頃アルハザートが眠らずに『門』を守っているんだろう。それを思うと胸がまた痛んだ。

 

 すまない。

 


「貴方が謝る必要などないのに…」



 聞こえてしまった最後の呟き。


 許しを乞うでもない、自らを嘖むようなその苦しげな声が耳の奥で繰り返される。


 窓辺に顔を伏せた暁の頬に蝦夷えぞが擦り寄った。

 かなしまないで、と言っているのだとわかった。


「……ありがとう、蝦夷」


 蝦夷をそっと撫でながら、火照った顔を冷やすために窓を開いた。涼しい夜風が気持ちよく頬を撫でていく。


 蝦夷は嬉しそうに一度羽ばたくと肩から消えた。同化したのだ。


 途端暁は無性に庭に出たくなる。ふわり、と身軽に窓を越え足音もたてず庭に降り立った。

 見回りの衛兵が来ても気配で察知できる、と知っていた。夜目も利くので相手に見つかる前に隠れることもできる。


 暁は音をたてずに大きく跳躍して花壇の前に着地する。白い花をよく見たかったのだ。

 あちらの世界の花とさしたる変わりは見当たらなかった。花びらが優雅に幾重にも広がり、花粉をつけためしべが中央にある。その少し下に薄黄緑のおしべがあった。


 受粉はどうするんだろう。虫がいなさそうだから風かな。


 素朴な疑問を持ち考えていると、不意に近づいてくる気配を感じ、彫刻の影に隠れた。 彫刻は以外に大きく、小柄な暁は隠れ切ることができた。


 迷路のような生け垣の中から、背の高い影が現れた。おぼつかない足取りでふらふらとこちらにむかってくる。


 途端、その影が倒れた。


「!」


 暁は息を呑み、飛び出していこうとする衝動を押えた。


 怪我でもしているんだろうか。


 内心でもんもんとするうちに、その影はむくり、と起き上がりまたふらふらとこちらに歩いてくる。


 なんなんだ一体……酔っ払いか?


 近づいてくる影はやがて顔がわかるほどの近さになる。男だ。


「この辺りのはずなんだが……うーむーどこだぁ。ああいかん、また眠気が……うおおう……眠いぞおう……」


 ぶつぶつと呟き男はまた倒れる。


 なんだ。眠いのか。眠いなら部屋で寝ればいいのに。変わったひとだなぁ……


 特に危険そうなひとでないようなので、部屋に戻るよう忠告しようと顔を出す。


「そんなところで寝たら風邪ひきますよ」


 酒の匂いはしなかったが、一応酔っ払いだと絡まれるのが嫌なので近づかない。


「誰だ」


 突然厳しい声がその男から放たれる。身体は寝ている状態なので妙な違和感があった。


「え? 誰、と言われても……名前は暁といいます。酔っ払いじゃなさそうですね」


 そろり、と彫刻から姿を表す。男が警戒しているように感じたのだ。どうも自分は歳より下に見られがちなので、姿を表せば警戒を解くかと思ったのだ。

 これでももうすぐ十九なんだけどな。


「なんだ、子供か。……なぜこんなところにいる」


 眠そうな気だるい声で問われる。


「それは御互い様な質問じゃぁ……」


 怪しさで言えば貴方のほうが上だ。


「私はいーんだ」


 自信たっぷりに言われてしまう。


 何がいーんだよ。このでかい態度は、もしかしてなんか偉い人なのかな……。


 小市民の暁は、偉い人かもしれない予感に大人しく応えることにした。


「眠れないので外見てたら、この花が咲いていたんで見にきたんです。そうしたら怪しげな人影が怪しげな動きで近づいてきたので隠れたんですけど」


 怪しい、と何度も連呼してやる。


 すやすや、と男の寝息が聞こえた。


「聞いちゃいねえ……いーや、酔っ払いは放っておこう。ベットに入ったら眠れるかもしれないしな」


 誰も気づいてくれないが、一応うら若き乙女なので怪しげな男には近づかずに部屋に向かおうとする。


「ボーズ……シュブ=二グラスの部屋はどこか知らんか」


 ほうら、誰も気づいちゃくれないのさ。


 いいけどね……別に。自覚あるから。


「こっち……あ!」


 慌てて口を押える。


 人様の部屋を、こんな夜中にこんな怪しい男に教えていいはずない。


「うそ。違う。知らない」


 手を振り否定する。


「そーか。それにしても眠い……おいボーズ、お前の部屋近いか……」


「うん。……なんで?」


 信じたのかわからないが突っ込まれなかったのでほっとする。


「部屋貸せ。眠らせろぉ眠いんだぁうおぅ」


 こてり、と持ちあげていた頭が石畳の床に落ちる。


「なんて偉そうなんだ。偉いのかな、まいっか、どうせ眠れそうにもないし」


 シュブの部屋には怪しいという理由で行かせなかったが、自分の部屋に招くことには警戒心が働かないらしい。この辺りに暁のお人好しさが伺える。

 聞いてるのか聞いていないのかわからないような男はゆらり、と立ち上がると暁の後をついてきた。たいした距離ではなかったので途中倒れ込むことはなかった。


「ベット使っていーか……いーな……よし」


 勝手に呟きばさり、とベットに倒れ込む。 上等そうなマントがふわりと舞う。


「もはやなにも言うまい……」


 ここまでされるとなにも言う気がなくなる。

 暁はまた窓辺に腰かけ花壇の白い花を見つめる。

 しばらくすると、また間近で花が見たくなる。


「また花見てきますね」


 起きているのなら聞こえる程度の小声でベットを占領している男に言い、静かに窓を開け飛ばずに花壇へ行った。

 飛ぶ事が当たり前の場所ならいいのだが、そうでないのなら隠した方がいいと思ったのだ。

 飽きもせず延々と花を眺め続ける。


 ナイアーラトテップではかなり怪我人がでていたようだけど、アズーアさんやエリュオナさんは無事かな……。


 心配は尽きない。


 そこへまた人の気配が近づいてきた。

 今度はどこに隠れようかと頭を巡らし、背後の木に上ることにした。

 難なく上り枝に腰かけていると、偶然か、さきほどの偉そうな男と同じ方向からひとりの男が現れた。だがこちらはしっかりとした足取りで、足早にこちらにやってくる。しきりに首を巡らしている。


 堅苦しい詰め襟の服を着ている。


 その男はふと暁のいる木を見あげると近寄ってきた。


 バレた? なんで?


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