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混乱4(別離)

 震動に驚いた暁はアルハザートにしがみついた。揺れは大きくなり立っていられなくなる。

 二人は宙に浮き背後を振り返った。

 城が崩れていく。咆哮が空気を震わせた。


「あいつか」


 その咆哮は、忘れたくても忘れられない声だった。


「そんな、あの魔物はアズーアさんが『封印の書』に入れたんじゃ……」


「右城で結界が破られた後なにかあったんだろう。後でアズーアに聞けばいい」


 暁に下がるように促す。

 ざしゅ、と音をたてアルハザートの額に角がはえる。


「俺はお前が好きだ。アズーアも嫌な奴だが気にいってる。お前達は世界の一部だ。俺は世界を好きなんだ。だから守るんだ」


 シャン、と魔法剣を抜く。


「今なら……世界を守る理由を知った今の俺なら、もっと強くなれる」


 アルハザートは、静かに目を閉じた。


 崩壊した中央城の土煙の向こうになにかが現れた。


 アルハザートの姿にアクアの姿がブレて重なる。


 暁がまばたきをするうちにアルハザートの姿が変わっていた。


 背から鋼色の大きな翼がはえており、下半身は同色の馬体だ。


 戦闘能力が上がると同化している魔物に近い姿になると言っていた。ではこの姿は、額に角がはえただけの時より、数倍強くなったということなのだろう。


「アキラ、背に乗れ。あいつはまたお前を狙ってくる」


「はい」


 姿の変化に驚いたが恐くはなかった。アルハザートの大きな羽根が、天使を連想させたせいかもしれない。でもそれよりどんな姿をしていてもアルハザートだからだろう。


 アルハザートが恐いはずない。


 その背に乗る時、こちらを見る龍と目が合った。来る、と瞬時に悟った。


「しっかりつかまってろ!」


 アルハザートの腰にしがみついた途端、柔らかな羽根が頬を撫でた。見上げると羽根が広がっている。


 風が起こり、衝撃が空を貫く。


 アルハザートの振り下ろした魔法剣は龍の牙に当たり折れてしまった。


 チッ、と舌を鳴らし額の角に手をかけるアルハザート。


 顔面を傷つけられた龍は、牙を剥いて襲いかかってきた。それを身軽に避けるアルハザート。その手にはアクアの槍が握られている。アクアの槍からは魔法剣以上の圧力を感じる。


 決着は早々に着いた。


 龍は眉間にアクアの槍を突き立てられ、頭部が弾け飛ぶ。鷲頭の魔物の時とは違う。


 どうやらアクアの槍は、アルハザートの戦闘能力に比例してその威力を発揮するらしい。

 落下していく死体を見下ろし、アルハザートは腕を一振りした。するとその手にはアクアの槍が握られている。

 その手の中で槍は消えた。代わりにアルハザートの額に角が現れた。

 龍から視線を外し、暁を乗せたまま右城の前に向かう。それきり背後を振り返ることはなかった。


「アルハザート殿!」


「隊長!」


 疲労の色が濃い者達は、それでも笑みを浮かべてアルハザートを迎えてくれた。


「さらなる同化に成功したのですねっ」


「さすがは隊長だ!」


「アルハザート獣騎士隊長殿、『門』が狂ってしまいました。『門』の開閉が出来ないのです」


「敵はハスター家の者でした」


「何、城門にきてたのはクトゥルー家だったぞ」


 矢継ぎ早に放たれる言葉に、アルハザートは顔をしかめる。


「わかった。『門』は俺が見張ってる。お前らは負傷者を手当てしてさっさと休め」


 ひらひらと手を振り動き出す事を促す。

 緩慢な動きでもようやく動き出したナイアーラトテップの者達にため息を送り、アルハザートは浮き上がる。『門』に向かうのだ。


「私は…」


 瓦礫の山となった城、血まみれの負傷者達。それらを目に焼き付ける。すべては私が原因なのだ。

 アルハザートは動きを止め背後を振り向く。


「私は、どうすればいいのでしょう。私の存在は、混乱を招くだけだ」


 アルハザートは目を細めた。これらの惨劇にこの子供が心を痛めているのがわかった。


「ここでは人が死ぬ。魔物が死ぬ。……それが恐いか」


 こくり、と細い首を縦に振るのを見下ろしアルハザートは微笑む。


 よほど幸せな場所で育ったのだと悟った。

 そうなのではないか、とは思っていたが。


「お前の世界では、人は死ぬか?」


「はい。でも……こんなふうに人が亡くなるのは、あまり身近ではありません。私の両親は病気で亡くなりました。だから……あんなふうに生物が死んでいくのを見るのは、恐いんです」


 断末魔の叫びを上げながら、なぜ死ななくてはならない、と不条理を恨んで死んでいく者達。その壮絶さが恐い。


 それでいい、とアルハザートは頷いた。


「人や魔物に限らず、傷つけ苦しませることに恐れを抱くことは大切だ。その恐れは心の痛みだ。俺のように心の痛みに慣れるな」


 だからお前の手を汚させはしない。


 手を汚すのは、慣れている俺だけでいい。


「アルハザート……」


 貴方はこんな想いに慣れているというのか。慣れることができるのか。


 

         カッ!


 

 昼間のような明るい光が、ナイアーラトテップ城群を照らした。


『我らはアザトース獣魔団じゅうまだん! 王アルセイード=アザトースの勅命ちょくめいを受けし使者なり! 責任者は前に出よ』


 女のりんとした声が頭の中に響いてきた。

 城門の上方が光の中心だ。その中央に一塊の集団が見える。それがアザトース獣魔団じゅうまだんという者達らしい。

 ナイアーラトテップの責任者はアズーアとアルハザートだ。普段ならばアズーアが出ていくのだろうが、今アズーアは動ける状態ではない。


 アルハザートは方向転換して、アキラを乗せたまま城門に向かう。


 驚いた事に、アザトース獣魔団の半数が女性だった。男しかいないナイアーラトテップと対照的だ。


獣騎士じゅうきし隊長アルハザート=アザトースだ」


 アルハザートの姿を見た獣魔団じゅうまだんの者達はざわめく。

 彼らにとって魔物はあまり身近なものではないのだ。それと同化する者に本能的嫌悪を抱いている者もよくいる。

 だがこの獣魔団を束ねている長、シュブ=ニグラスは魔物と同化している。そのため理解があるほうだ。ただアルハザートのような人間より魔物に近い姿はまれである。そのため彼らは驚いているのだ。


「……獣魔法じゅうまほう使い長シュブ=ニグラスと申します。王の勅命により世を騒がせている来訪者を迎えに参りました」


 動揺を覆い隠し、シュブは言った。

 同化した魔物の攻撃力を引き出す獣騎士じゅうきしと違い、獣魔法じゅうまほう使いは同化した魔物の力を借りて魔法を使う。そのため魔法使い以上に多くの魔法を使うことができるのだ。ただ魔法使いで魔物と同化できるのはなぜか女性に限られていた。


 獣魔法使い自体の数がとても少ないので男の獣魔法使いが誕生する可能性もある。

 獣魔団の中で獣魔法使いなのは長であるシュブだけだった。

 彼女の言葉に暁は身をこわ張らせる。


「理由を聞こうか」


 鋭くシュブを見るアルハザート。


「王の勅命です」


 たじろきを押し殺し、そう言い張る。


「では直接聞きに行くか」


 暁のことになると、アルハザートは王弟である権力を使うのに糸目をつけない。


「このままナイアーラトテップが来訪者を囲み続けるのは世界に混乱を招きます! ですから……」


 シュブは焦り、なんとか説得しようと試みる。筋肉ダルマのこの男はなかなか手強い。


「連れていってどうするつもりだ。見せ物にするつもりか」


「正式に公表し、所有権を王城に一任すれば各城は大人しくなります! そうすればナイアーラトテップも、本来の仕事に戻れるでしょう」


 所有権という言葉にアルハザートは眼光をさらに鋭くする。


「来訪者の監理も我らの仕事だ」


「そんなことを言っている場合ではありません! 現に今、城群の一部が崩壊しナイアーラトテップは万全とは言い切れない状態です。そんなざまで世界の守護者を気取るおつもりか」


「気取る、と? では貴公はナイアーラトテップが世界を守るに値しないと申すか」


 アルハザートの言葉使いが変化する。


「あ……」


 自らの失言を悟りシュブは言葉を失う。


「では、『門』より訪れるいかなる魔物とも戦い命をかけて世界を守るのは誰か?」


 アルハザートの背に隠れている暁にはわかった。


 傷ついている。何に対してかはわからないけど、怒りながら、アルハザートは傷ついてる。王弟としての権力を使おうとしていることに、だろうか。


 暁はこれ以上、アルハザートに傷ついてほしくなかった。


 突然アルハザートの腰に巻きついた細い腕に、シュブを始めとする獣魔団だけでなくアルハザート自身も驚いた。

 アルハザートの腰に腕を回して支えにしながら、暁はその背より下りた。


「ありがとう、アルハザート」


「アキラ…」


 アルハザートの顔に後悔が浮かんだ。使いたくもない言葉を使い、王弟である権力を使い、王の使者を追い返そうとしたことを後悔する。だが、そうするほどに、アルハザートは暁を守りたかった。


「ここに私がいたら、この世界の有力者達が騒ぐようです。つまりナイアーラトテップは守るべき世界から攻撃されることになります。貴方は世界が好きだと言った。だから守る、と言った」


 アルハザートが哀しげに暁を見下ろす。


「好きな相手と戦うのは辛いと思う」


「……行く、と、言うのか」


 頷く代わりに、暁は笑う。


「ありがとう、アルハザート。アズーアさんにもお礼を。エリュオナさんにも花をありがとう、って」


 アルハザートは、重く、頷いた。


 振り切るように暁はアルハザートに背を向けシュブに駆け寄った。


 シュブは暁を見つめると、アルハザートに視線を移した。


「お預かりする、という形にいたします」


「……ああ」


 シュブの言葉の意味をよくつかんでいないらしいアルハザートの声は虚ろだ。


 暁は背にアルハザートの視線を感じていたが、振り向かなかった。


 もう笑う自信はない。


「王城に移動する」


 シュブは宣言し、暁の肩に手を回した。


「・・・・」


 音もなく空間を移動する寸前、聞こえた呟きに暁は歯をくいしばる。


 胸が苦しかった。心が途方もなく痛い。


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