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   (振動4)

 右城うじょう地下奥。『門』以上に広い空間があり中央に小さな部屋があった。箱の中に箱をいれたふうに見える。


 小さいとはいえ大きさは二十畳ほどある。

 それが小さくみえるほどこの空間は広かった。

 その小さな部屋が書庫だ。


 ナイアーラトテップと侵入者達は、それを前にして睨み合っていた。


「愚か者! ナイアーラトテップを攻撃することがどういうことかわかっているのか!」


 右城に侵入してきた多数の魔法使いを見て、アズーアに同行していた上級魔法使いのひとりが叫ぶ。

 ナイアーラトテップで上級の魔法使いは選りすぐりのエリートばかりだ。弟子のひとりや二人が、他の城に仕えていることもある。


 びくり、と怯えた目を向ける侵入者達。


 だがナイアーラトテップに来るほどの力や勇気の足りない彼らは、ナイアーラトテップに対して劣等感を抱いている。その劣等感の集団は集団になることによって、劣等感が憎しみに変わっている。攻撃することにためらいなどない。


「ハッ。世界最強の魔物を独り占めする奴等のたわごとなど、聞くことはない!」


 周りを数人の魔法使いに囲ませ、自分に結界を張らせている貧相な男が叫んだ。ヌグ=ソスだ、とアズーアはすぐにわかった。

 大きな固まりになっている侵入者の集団は、その全体をかこむように大きな結界が張ってある。

 学者肌で生真面目なナイアーラトテップの魔法使い達は、守るべき世界の住人を攻撃することをためらっている。上級魔法使い達が数人で相乗攻撃をしたなら、侵入者を守る結界ごと吹き飛ばせるだろうが、そうすると侵入者に命の危険がある。


 命をかけて守るものが、時にはナイアーラトテップを攻撃する。そのことを目の当たりにした彼らの張る結界より、集団心理により増幅された憎しみの攻撃が勝るのは、当然だろう。


 結界を張るのは思念だ。矛盾の想いをかかえたナイアーラトテップの結界はもろく崩れた。


 青い球が砕ける。


「攻撃しなさい! 我々は世界を守らなければならない! 調教を受けていない魔物が人の手に渡るのは、世界のためにならないことぐらい気づきなさい」


 高らかにアズーアの声が響く。


 侵入者の異様な雰囲気に圧され、さらに彼らを囲んでいる結界に阻まれ動けないでいた騎士や獣騎士が、真っ先に反応した。


 結界に構わず獣騎士が攻撃を開始した。


 やがて魔法使い達が援護や攻撃を始める。

 だが力を使い切ったらしい『門』の間にいる魔法使い達は、青い球を張ることはなかった。

「愚かな! お前達は世界の監視者を気取るのか! 最強の霊鳥いや魔物のザイウェトロストが定めた律になど従う必要などない!

 ここにはそれ以上の魔物がいるのだからな! これまでの世界観はすべて一掃されるのだ」


 ヌグ=ソスの金切り声が似合わぬ知的な言葉を吐いた。


 ザイウェトロストは確かにルルイエを跋扈する魔物だが、この世界を守るザイウェトロストはその偉大さと神聖さで霊鳥と呼ばれていた。

 一瞬侵入者の気勢があがったがそれを効果的に凍らせるために、アズーアはよく透る笑い声をたてた。


「愚か者はどちらでしょう」


 上級魔法使いを始めナイアーラトテップに余裕がひろがる。これからアズーアが言う事は彼らも知っているからだ。


「そもそも貴方達は、我らの守るものがザイウェトロストより強力であると思っていらっしゃることが間違いなのです」


「なに!」


「ザイウェトロストの結界を破ることができるのは、ザイウェトロストより強力……あるいは」


 そこで言葉を切り、アズーアはにっこりと笑ってみせる。

 焦れたヌグ=ソスの視線を、笑っていない目で受け止める。


 お前達の行動は、すべて過った思い込みからきているのだ。


 愚かなのはお前自身だ。


「同等の魔物つまりこの世界を守るザイウェトロスト以外のザイウェトロスト」


「もう一匹のザイウェトロストが!」


 ヌグ=ソス以外の侵入者達がざわめく。ヌグ=ソスは衝撃で言葉を失っていた。


「この世界に訪れた魔物は我らナイアーラトテップが研究・調教・審査することを、王城及びザイウェトロストより一任されています。そのことを責められるいわれは、我らにありません」


 大人しく去ることを暗に促すアズーア。


「嘘だ! 汚い奴等め!王城の名まで使い我らを侮辱するかっ お前達が最強の魔物を操り、王城を乗っ取ることを我らに悟られたのが、そんなに悔しいか!」


 もの凄い言いがかりにアズーアは呆れ果て言葉も出ない。


「我らは栄えあるハスター家魔法軍! 反逆者の陰謀を打ち砕くのだ 結界を破壊しろ!」


 劣等感の塊達が、自らの過ちを認めたいはずがない。


 ヌグ=ソスの言葉に奮い立ち、侵入者達は鋭い憎しみと破壊の念を、一層の結界にぶつけた。


「!」


 思わぬ強力な反撃にアズーアの思念の結界が揺らぐ。その揺らぎと衝撃はアズーアの精神を攻撃した。

 さすがのアズーアも膝をつく。たったひとりで張り続けている結界なのだ。


「アズーア様!」


「総攻撃しなさい。結界は私が……」


 ナイアーラトテップはその言葉に忠実に従う。


「外野は構うな! 結界を破壊することに集中しろ」


 侵入者達もまた忠実に従う。中には死傷者も出始めていたが、ヌグ=ソスは構わない。 ナイアーラトテップが優勢ではあったが要であるアズーアは動けないでいた。侵入者達を蹴散らすのが先か、侵入者達がアズーアの精神を破壊するのが先か。

 だが集団対集団より集団対個人の方が決着がつくのが早いのは当然だった。


 アズーアが倒れたのが合図だった。


「回復魔法を!」


 上級魔法使いが数人がかりで、アズーアを気づかせるほどに回復させる。

 その隙に壊滅寸前の侵入者達の間を縫って、書庫へ飛び込む者がいた。


 ヌグ=ソスだった。


「追うな! 結界を張りなさい」


 気づいたばかりのアズーアが叫ぶ。


 その場にいた魔法使い達が即座に結界を張った。


「四元魔法を! 中の空気をすべて外に出すのです」


 四元魔法は地水火風を操る魔法のことだ。 この魔法を使うのは女性に多く、男性で使う者は大抵博愛主義の者だ。


 ちなみにアズーアは使えない。


「ですが……そんなことをしては中の者が死んでしまいます」


 中にいる者は侵入者ヌグ=ソスのみだったが、四元魔法を使う魔法使いはそんなことを言う。


「世界を守るためです。やむをえません」


 怒鳴りたい気持ちを押え、アズーアは沈痛な面持ちを作って言う。


「……はい」


 しぶしぶ、と魔法使いは両手を広げ目をつむる。


 風が、書庫より吹いて来た。






 どこだどこだどこだ!


 なぜか息苦しい書庫の中を這う。

 一番手前にあった棚にたどり着いた。

 頬が紅潮しているのがわかった。興奮のためもあったがこの息苦しさのせいだろう。頭の奥で血管が沸騰している。


 畜生、奴等、俺になにか魔法をかけたな。 みてろよ、俺が魔物を奪ってやる。俺のものだ。誰にも渡さん。


 息荒く、棚から本を取り出した。

 はあはあはあ、と胸が大きく上下する。異常な激しさでヌグ=ソスはぶるぶると震えた。

 ここまできたのはいいが、求める魔物の姿さえ知らぬことに気づく。


「い・る、はずだ! お・おれに・は、わかわかるぅ・・」


 そう自分に言い聞かせながら頁をめくる。 心臓が激しく痙攣している。

 ヌグ=ソスは大きく口を開け空気を肺に送り込むが、いっこうに苦しさは強まるばかりだ。

 朦朧とした脳裏に焼きついてきたその魔物。


 こいつだ!


 その頁を剥ぎ取る。


 確信があった。理由などないが彼にはわかった。これが俺の求めていたものだ、と。


 それは彼の中だけで真実だった。


「で・てこ・・い」


 ヌグ=ソスはその剥ぎ取った頁を引き裂いた。

 直後、彼の身体は襲いかかる鋭い爪にただの肉片にされた。


 





「あれは!」


 結界を張っていた魔法使い達の間で、悲鳴混じりの怒号があがる。


「あの男! よりにもよってあの魔物を出すとはっ」


 青い球の中、とぐろを巻くのは散々ナイアーラトテップを騒がせた龍だ。


「!」


 アズーアは息を呑み身体を硬直させた。

 このままあの魔物が暴れたら書庫の『封印の書』が傷つきもっと多くの魔物が出現する。

 そうなると、力が尽きてきたナイアーラトテップでは太刀打ちできない。

 ぎっ、と中央城の方角を睨む。


 その地下には『門』があった。


 アズーアは精神こそ疲労していたものの、蓄積されている力はそこそこに残っている。

 今こそ、切り札的存在だったアズーアが動く時だ。

 ただ疲労した精神で大きな魔法を支えることができるだろうか。


 アズーアは視線を龍に戻した。

 閉ざされていた『門』を開いた。結界もそうだったが『門』の開閉も上級魔法使い数人がかりでないとできない。


「結界が破られます!」


 魔法使いの間から悲鳴が漏れる。アズーアは答えない。魔法を使役するために意識を集中しているのだ。


「うああああ!」


 龍の巨大な姿と力に圧倒され、神経の細い四元魔法使いは錯乱する。死体や血の匂いが漂う閉鎖的空間の中にいるだけでも辛かったのだろう。彼にはもう限界だった。

 侵入者達もまた連鎖的に恐慌状態に陥り、意味もなく結界に攻撃をする。


「やめろ! 結界を破壊するつもりかっ」


「中の龍を刺激するな!」


 上級魔法使い達は慌てて制止の声をあげるが、彼らには聞こえていない。

 特に侵入者達の混乱が酷かった。これほどの魔物になど、ナイアーラトテップでさえ滅多にお目にかかれないのだ。彼らが初めて目にする魔物に恐怖するのも無理はない。


「やめてくれえ! もういやだああああ」


 限界に達した四元魔法使いは両手をかかげる。


 誰かに殴られ集中を乱されたアズーアは、その瞬間を見てしまう。止める事もできずに、ただ眺めたことを後悔した。

 そしてその後悔は、自らの過ちを補うための思念魔法をより強化した。

 四元魔法使いは結界内に風を逆流させかまいたちを発生させる。その鋭い風の鎌は鋼鉄の鱗を割り龍の背に深い傷を負わせた。

 侵入者と四元魔法使いは歓喜したが、その他の者達は恐怖に戦慄した。


 結界が破られ、世界に襲いかかる龍を想像した。



 ギイイイイイィィァァアアアア



 龍はその咆哮のみで結界を破壊した。


 怒り狂った龍の爪が本棚を凪ぐ。


 爆煙のように魔物があふれ出てきた。


 誰もが死を覚悟した。


 世界はもう終わりだ。ナイアーラトテップが崩壊したら、世界は剣と鎧のない剣士のようなものだ。


 世界のその柔肌に魔物が喰らいつくのだ。


「ルルイエに帰りなさい!」


 アズーアの渾身の叫びがこだまする。魔物達が一瞬にして消えた。開いた『門』から強制的に帰したのだ。

 アズーアは今度こそ精魂使い果たし倒れる。


「アズーア様!」


 魔法使い達がかけよるが、彼らにアズーアを回復するほどの力は残っていなかった。


「『門』を…閉めなさい…」


 それだけ言うと、昏倒してしまった。


「力がわずかでも残っている者は『門』を閉めるのに協力して下さい!」


 立ち上がった者達は一心不乱に『門』を閉めることを念じる。


 幸いなことに、無事『門』を閉めることはできた。

 だがなぜか、皆複雑な顔をしている。いつも『門』の開閉に携わっている者は、特にそうだった。

 『門』を閉める時、いつもと違う感覚がしたのだ。なにがどう、とは言えなかったが。

 だがこれ以上騒ぎは嫌だったので都合の悪いことは考えないように、その違和感を無視した。

 もう、ナイアーラトテップは力を底の底まで使い果たしたのだ。これから何かが起こったならば、もう戦う方法は残されていない。

 城門前の戦闘も、クトゥルー側敗走で幕を降ろした。



        ゴゴ…



 不吉な地響きが聞こえた。


 負傷者を運び出していた者達は足を止め中央城を見る。


 右城から這い出て来た者も、城門から引き上げてきた者も不安げにそれを見ていた。


「逃げろ!」


「『門』がぁっ」


「うああああっ」


 突然現れた魔法使い達が叫びつつ駆けてきた。

 『門』の間にいた魔法使い達だ。空間移動してきたのだろう。

 ナイアーラトテップの者達は『門』の間に出入りするために、空間移動させる思念魔法の入った道具を常に身につけている。だから力を使わないで済むので、力を使い切った魔法使いや魔法の使えない獣騎士や騎士もドアのない『門』の間に出入りできるのだ。


「何があったんだ!」


 逃げてくる魔法使いを捕まえて獣騎士のひとりが尋ねた。


「閉じた『門』から、あの魔物が出てきた!『門』が壊されたっ 開閉しなくなったっ」


 その魔法使いの叫びに応えるかのかのように、中央城が震えた。


 城の奥が崩れていく。


 咆哮が、ナイアーラトテップ城群に響き渡った。


 

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