(振動3)
「なんだ。もう戻ってきたんですか。せっかく呼びに行くついでに、アキラ様に会おうと思っていたのに」
見舞い用の花束を抱えながら残念そうにアズーアを迎えるエリュオナ。
「ハスター家の魔法使いの名は?」
問われ、エリュオナは事務用の頭を回転させる。
「一番偉い方の名しかわかりませんが……確かヌグ=ソスといいます。貧相な男で卑屈な目をする、とてもお近づきにはなりたくないタイプですねぇ」
「クソっ」
エリュオナは目をむく。アズーアが敬語以外の言葉を吐くのは初めて聞いた。
「とんだ落とし穴があったものですね。その男、以前ナイアーラトテップにいましたよ。一カ月もせずに女性のいない禁欲的な生活に耐えきれなく、やめていった者です」
ナイアーラトテップは危険なところなので、女魔法使いなどは入城を禁止されている。
暁の場合は例外なのだ。
「それは……まずいですね。ハスターはこちらにきますね。クトゥルーが気づかないといいのですが」
「理想的なのはナイアーラトテップにハスターが手を出して、それを後ろからクトゥルーが突くという、ハスター潰しですが……そうなるとクトゥルーと一戦交えることになりますね」
「好都合でしょう、内情を知った者がここにいるのですから」
もう決別したのだと、アズーアに言い聞かせる。
「おそらくそう都合よくは行かないでしょう。我々はハスター・クトゥルー両家を相手にしなくてはならない」
「王城やヴーア・イリオン両家も沈黙したままですね」
「両親には手紙を出しましたから。……王城は様子を見ているので」
言葉を切り、ばっ、とアズーアは顔を窓に向ける。
「来ましたか」
「ええ。『檻』に何者かが触れました。侵入したようですね。随分たくさんの魔法使いを使っているようです」
忌々しげに言うと、アズーアは意識を集中した。
ナイアーラトテップに魔法を使って入ろうとすると城群を囲っている『檻』と呼ばれる結界に反応する。『檻』はそもそも魔物が逃げた場合ナイアーラトテップ城群より出られないようにするのが目的なので強力だ。
ちなみに『檻』は高い塀でカモフラージュされている。
城門から入ると騎士及び獣騎士の控える門城がそびえているので、それを避けたのだろう。
「魔法使いがたくさんいるということは、ハスターですね。クトゥルーは魔法使いが嫌いですから」
アズーアは返事をしない。なにか術を使っているらしい。
エリュオナがナイアーラトテップに来てから執務室なるものを設置し、緊急の時にはアズーアの私室ではなく、ここ執務室におしかけることになっている。
ほどなくして上級魔法使い達が駆け込んで来た。
エリュオナは『檻』を越えた侵入者に気づかずにいる下級魔法使いを召集すべく、執務室を出ていった。
「書庫の結界を強化してください。私も結界を張りましたが、相手はかなりの数です、いつ破られるかわかりません。半数であたってください」
上級魔法使いの半数を使い書庫を守るのは、かなりの量の『封印の書』が保管してあるからだ。
『門』から訪れた魔物は全て『封印の書』に入っているので、ハスターの魔法使いヌグ=ソスもそれを知っており、ザイウェトロストより強力な魔物もそこに入っていると思うだろうと予想したのだ。
半数の魔法使いの姿が消える。『門』へ移動したのだ。『門』は閉まったままだが、あの場所は魔法的磁場になっていて魔法を使うのに都合のいい場所なのだ。それにナイアーラトテップの者しか入ることのできない空間だ。
エリュオナが戻ってきた。
「下級魔法使いを集めました」
「ありがとう。城門と右城に半分づつ向かわせてください」
右城には書庫があるのだ。
「獣騎士と騎士はどうしますか」
優秀な秘書官は雑用をすべて引き受けるつもりらしい。
「同様にお願いします」
エリュオナは頷き部屋を出て行った。
獣騎士達の方はエリュオナに任せたので安心し、アズーアは侵入者を攻撃すべく意識をそのことだけに集中する。
「では右城に移動しましょう」
異様に静かな中央城。時折遠く駆ける足音が聞こえるが、こちらに近づいてくることはない。
隔離されたような静けさ。けれど何かが起こっていることはわかっていた。
二人とも口には出さなかったが。
遠く人の気配が感じられた。こちらに向かってくる。
暁はドアを見る。なぜか、緊張していた。
近づいてくる気配は、足音をたてていなかった。なにかしらの訓練を受けた者なのだ。
つまり、魔法使いではない。騎士か獣騎士だ。隊長であるアルハザートを呼びにきたのだろうか。
足音もたてずに近づいてくる気配を察知した暁は、これもまた蝦夷と同化しているおかげなのだと知る。蝦夷の持つ力は謎だ。飛翔能力の他、それらしい力を確認していなかった。実は無意識のうちに発現している力があったのだが。
暁はノックされたので立ち上がったが、それを制してアルハザートが出た。
ドアの外でなにやら会話を交わすと相手の男エリュオナが顔を出してきた。
「じゃ、暁様お大事に」
それだけ言うと、すぐにドアの向こうへ消えた。彼らしくない退場。それだけに事態は切迫しているのだと知る。
「花を置いてった。女々しいことをする奴だな」
アルハザートの差し出した花束を受け取り暁は俯いた。
彼らナイアーラトテップが戦っているのは魔物ではない。
魔物が相手ならば、真っ先にアルハザートが『門』へ行くはずだ。
理論的になど、まだなにが起こっているのかわかっていない。アルハザートも教えるつもりはなさそうだ。
ただ漠然と、自分が原因なのではないか、と思っていた。そしておそらく、それは間違いないと、確信していた。
「俺は戦闘に参加できない。どこにいても同じだから屋上に行くか。せめて見届けよう」
なぜ、などと質問しなかった。それが愚かな問いだという事を知っていたから。
屋上からは正面の城門、及び中央城からは左側に見える右城がよく見えた。さきほど少しばかり早く闇が訪れていたが、魔獣と同化している二人には関係なかった。視力も常人の数倍になっている。
夜目が利くほどの同化が、二人には可能なのだ。
中央城から城門に向かう人影があった。エリュオナだ。
城門の外では騎士と獣騎士、そして下級魔法使いが陣を組んでいた。
「右城の中が視えるか」
「え?」
「ザイウェトロストなら視える。奥だ。青い球がある」
3Dアートを見るようなつもりで目を凝らす。視えるつもりになってみる。アルハザートに言われると出来るような気がしてくるのが不思議だった。
事実、視えた。城の外壁ももちろん見える。けれどその奥に存在するものを感じることができた。その感じを放さないでいるうちに感覚は視覚になる。目で見ているものと感覚で視ているものが同時に脳に伝わる。だから両方の存在を知ることが出来る。
不思議な体験だったが、蝦夷にはそれが普通なのだろう。不思議さを感じながら、どこかで出来て当然だと思っていた。
同化とは、そういうものらしい。
「これは……?」
「『門』の間に集まった上級魔法使い達が張ってる結界だ。中には書庫がある。『封印の書』が納められている部屋のことだ。内側にも妙な色の球があるのが視えないか?」
『封印の書』を守っているということか。
では何者かが魔物を奪いにきたのだろうか。それと自分がどう関係あるのか考え、愕然とした。
ザイウェトロストの結界を破った私は狙われる、とアズーアが言い、アルハザートを護衛につけてくれたことを思い出した。
私を奪いに、何者かがナイアーラトテップにきたんだ。
やっぱり、私が原因なんだ。
「ええ、視えます。七色の玉が」
哀しいくらい、奇麗な七色。
各城が狙ってくる、とアズーアは言っていた。では敵はこの世界の有力者なのか。
「アズーアの結界だろう」
二人が見守る中、青い球が小刻みに震えた 外部から攻撃を受けたのだ。
ナイアーラトテップの使命は『命をかけて世界を守る』こと。
だが今、ナイアーラトテップは守る世界から攻撃されている。
なぜ?
それはなぜ?
城門では、左の方角から攻めて来た敵と戦い始めた。
理由…それは私がここにいるから。




