(振動2)
さむい。
なんでこんなにさむいんだろう……。
でも痛くない。あんなに痛かったのに。
足が焼けたのも、背中が裂かれたのも、夢のわけないのに。
ま、いいか。痛くないし。
目が覚めた。思わず布団代わりのふかふかの布毛布に似てるやつをどかして身体を見る。
どこも怪我してない。
ばっ、と動く気配があった。
「あ、おはよ」
「どこも痛くないか」
ございます、を聞かずに言ってくる。
アルハザートは暁に手を伸ばしたが触れずに引っ込める。どこか痛いところがあったら触られるのは辛いと危惧したのだ。
「はあ。多分」
上半身を起こした時も、別に痛いところはなかった。
「そうか」
ほー、と力を抜いて息をつくと暁の頭に手を伸ばしぐしゃぐしゃと撫でる。
「でも顔色が悪いな。真っ白だ。寝てろ」
強引に暁を寝かせると手を止めた。
「冷えてるな」
「ちょっと実は寒いです」
アルハザートは頷くと丁寧に毛布をかけ直し、さらにマントを上からかけてくれる。
「腹減ってるな」
「はい」
お礼を言う隙もくれずにアルハザートはドアへ向かった。
「目がさめましたかっ」
ばん! とドアが開きアズーアの声が届く。
「うおっ」
間一髪でドアの直撃を避けるアルハザート。
「どこも痛くありませんか」
アルハザートと同じことを聞いてくる。
嫌そうにアズーアを見て押しのけると、部屋を出ようとするアルハザート。
「はあ。ちょっと寒くて腹減ってますけど、どこも痛くありません」
笑いが込み上げたけど我慢する。
ずいぶん心配をかけてしまったらしい。
「では温かいスープでも持ってきますか」
「今俺が取りに行くんだよっ」
怒鳴るアルハザートを無視してアズーアは一瞬にして姿を消す。魔法を使ったのだ。
暁に関しては魔法を出し惜しみしないらしい。
ち、とアルハザートが舌打ちして部屋に戻てきた。
「なんか欲しい物あるか」
暁を覗き込んで聞いてくる。
なにかを頼まれたがっているのがわかり、暁は考え込む。
欲しい物……別にないなぁ、どうしよう。
随分とひさしぶりのような気がするので、そこにいてくれるだけでいいのだが。
「ひとりじゃ心細いんで、そばにいてください」
はっ。言ってから気がついた。
なんかすげー恥ずかしいこと言ってるんじゃなかろうか。
だがアルハザートは神妙な顔で頷き、窓際の椅子に座る。
そうだよな。私のこと男だと思ってるんだから変な意味には取らないよな。
「ありがとうございます」
「……いや」
それきり言葉を切る。
気のせいか、いつもより無口のような気がした。
突然部屋の中に人影が現れた。
「さ、どうぞ」
嬉々としてスープの入った椀と木のスプーンを渡すアズーア。
「いただきます」
スープを平らげる間二人がじー、と見ていた。食べにくいことこの上ないが、よほど心配してくれたのだと思い何も言わない。
空腹が満たされ幸せをかみしめる。
窓際の椅子に座っていたアルハザートが手を伸ばし、また暁の頭を撫でる。窓際からはそれほど近いのだ。
「お前、この世界好きか」
はっとしてアズーアが、問うアルハザートを見たのに気づかず暁は頷く。
「皆いいひとばっかりだから、好きです」
「いいひと……?」
暁にはアルハザートがなぜ驚いたのかわからなかった。
「ええ。アルハザートもアズーアさんもいいひとで好きだからこの世界、好きですよ」
この世界に住む俺達が好きだから、この世界が好きなのか……。
「そうか。……そうだな。こいつは嫌な奴だが一応いいやつだしな。俺もこの世界が好きだ」
いつものアルハザートに戻ったのを感じ、暁は内心ほっとする。
普段なら皮肉の三つ四つは返すアズーアも黙って微笑んでいた。
「アキラ様」
ノックもせずにエリュオナが駆け込んできた。
「ぅげ」
小さい暁の呟きを聞いたアルハザートはじろり、とエリュオナを睨む。
「ヘンタイはくるな」
しっしっ、と手で払う。
「厨房で偶然聞きましたよぅっアズーア! あれほど真っ先に知らせるよう念を押しておいたのにっ」
「すっかり忘れてました。アキラさんの目が覚めましたよ」
「あああよかったー。もう一時はどうなることかと……」
暁のベットに近づくエリュオナに、鞘のついたままの剣を向けるアルハザート。
「なにするんですか」
アルハザートは何も言わず暁を指さす。
暁は目を閉じていた。
寝ている、とアルハザートは言っているのだ。
手で出て行くよう促される。
「あなた達は?」
小声で問う。
「俺は護衛」
「私は治療」
しぶしぶエリュオナは部屋を出て行った。
「ふぅ」
目を開けドアをちらりと見る暁。
「寝てろ。話すと体力を使うから」
「はい」
アルハザートの言葉に素直に従う。
眠るつもりはなかったが、目を閉じているうちに寝入ってしまった。
浅い眠りなのか、時折意識が浮上する。
その度アルハザートの気配をそばに感じる。
守られている安心感があった。
「競争率はそんなに高くないんですよ。志願者ならそれなりに実力があればナイアーラトテップに入れます。ただナイアーラトテップの使命『命をかけて世界を守る』ことの現実に耐えきれなくて、やめていく方が多いんです」
数日経ち、体調のよくなった暁は見舞いにきたアズーアに魔法使いについて尋ねていた。
「やめたひとはどうするんですか」
「たいていは城の魔法使いとして城主に仕えたり、そのほかは魔法使いになるための私塾を開いたり」
アズーアは唐突に言葉を切り空を見据える。
「……アズーアさん?」
呼びかける暁にも反応しない。
窓から外を眺めていたアルハザートが暁に顔を向ける。
「遠見の術でも使ってるんだろう。こんな時はなにを言っても魔法使いには聞こえない。ほら、お前が起きた時にもいきなりきただろあれはこの術で視てたからわかったんだ」
「へー。どこでも覗き放題かぁ。タダで映画も見れるなぁ」
うーん便利。
などと暁は平和なことを言う。
「節度はわきまえてます。……アルハザート、アキラさんのそばを離れないでください」
あえて念をおされ、なにかあったのだ、とアルハザートは知る。
「おう」
「ではアキラさん、お大事に。エゾと同化を解いてはいけませんよ」
「はい」
素直な返事にアズーアは笑いかけ姿を消した。
……なにかあったんだろうか。
「エイガってなんだ」
暁の表情を読んだアルハザートは気をきかせ話を振る。
「んーと、物語を人が演じたやつ……かな」
「劇みたいなもんか」
「そーだなぁ、劇を鏡で見るようなもの」
この世界には劇があるのか。
「左右逆なのか」
「いや、そこにあるけどひとはそこにいないってやつ」
「ニセ劇なんだな」
「う……ん」
ま、そんなもんだ。
上半身を起こしていた暁は身体を動かしベットサイドに腰かける。足下には皮でできた靴がある。
「……どうした」
「うん。動き易いように、と思って」
靴を履き、上着を着る。
アルハザートは無言で暁の頭を撫でた。
そういえば目が覚めた時真新しい木綿のシャツ姿だったが、一体誰が着替えさせてくれたんだろう……。
アルハザートに聞こうかと思ったがやめる。『俺だ』などと言われたら、どう反応していいか困る。




