混乱3(振動1)
地図でいうと、六芒星の右下にあたる位置に存在するイリオン城より、低い音をたて光りの柱が立った。
それは八刻を表す。地球の時間で言えば二十時だ。
まだ夜は訪れていない。多少薄暗くなった程度だ。王は眠気を感じつつも起きているらしい。
だがもう夜と呼んでいい時刻だ。
ナイアーラトテップ城群、中央城『門』の間。人影が二つあった。影があるということは光りがある。
『門』は光りを放っていた。つまり、開いている。
来訪者は訪れない。
ナイアーラトテップは未だ完全に回復しておらず、アルハザートは助けに行くことは許されない。
「世界が、嫌いなのですか?」
不安を押し殺した青年アズーアは『門』を見たまま問う。
「そうは言っていない。好きでも嫌いでもない……よくわからないんだ、なぜ世界を守っているのか……」
アルハザートもまた、『門』より目を離さない。
「なぜ理由など求めるのです? 貴方は志願してナイアーラトテップにきたのでしょう」
『門』から目を外してまで聞いてきたアズーアに、アルハザートは沈黙で答える。
「アルハザート」
言葉で答えることを強要するアズーアを見る。
「王族には……たまに『星付き』が現れる。アルセイードは王は額に星があった。頭部に星がある者は王になる。俺は足に星があった。太腿の外側だか、そこに星がある者はナイアーラトテップに行くことが義務づけられている」
アズーアは言葉を失う。
そんな事情があったとは……。
「俺の叔母は左肩に星があった。上半身の左側に星がある者はヴーアにいくことになっている。お前の実家だ。いただろう?」
アズーアは頷く。確かにいた。
「ザイウェトロストの結界を補強しているものがあるのは、知ってるな?」
「ええ。一刻ごとに各城街から立つ光りの柱と、城街の描く六芒星の魔法陣により結界は補強されています」
「それだけじゃない。『星付き』の人間が定められた位置に付くこともまた、補強のひとつなんだ。星の形は……六芒星なんだよ」
ひとの魂の力も借りて、ザイウェトロストは最強の結界を作り出しているというのだ。
「なぜそのことをナイアーラトテップに発表しないのですか」
「政略がからんでくるからな。叔母がヴーアに嫁入りしたのは政略結婚だとバレるし、俺がナイアーラトテップの獣騎士隊長なのは、金で手に入れた地位だと思われる。王家に不信感が募っては困るからな」
言うだけ言ったとばかりにひとつため息をつくと、アルハザートは『門』に視線を戻した。
「そんな、貴方のその地位は実力ではないですかっ 昔から貴方はあんなに身体を鍛えて、最年少で騎士になった方なのに」
世間は、そうは思ってくれないんだアズーア。
口には出さない。これ以上この話題に触れたくなかった。
予感が不意に襲ってきた。
何者かが、『門』に触れた。
魔物か……それとも暁か。
ナイアーラトテップの者はいまの予感を感じたはずだが『門』の間に現れない。あらかじめそう言い置いたのだ。体力は温存しなくてはならない。
緊張しながらアルハザートは六芒星に近づいて行った。
細く白い指先が現れた瞬間飛びつき、引き上げる。
アルハザートもアズーアも、言葉を失った。
「アル……ハザート?」
かすれた声に応えられない。
血に染まった全身。深く傷ついた背。茶色い足の放つ肉の焼けた異臭。
……暁の冷たい身体。
「あ……り・がと……」
服を握り締めながら、暁は呟く。
裏切らないでくれて、ありがとう。
「ごめ……」
裏切るんじゃないかと疑って、ごめん。
アズーアは手をかざし、傷を癒す。
「・・・!」
ザンッ、とアルハザートの額からアクアの角がはえる。
『門』を睨みつけるアルハザートは、明らかに怒り狂っていた。
これほどの激情がアルハザートの中に存在することなど、アズーアは知らなかった。
アルハザートは角を握り締めると、おもむろに引き抜いた。
ひと二人分ほどの長い槍となる。それが真のアルハザートの武器だ。
それを六芒星に向かって投げるのと同時に、六芒星から鷲頭の魔物が現れた。
頭をアクアの槍で貫かれた魔物は、六芒星の中へ落下していく。即死だ。
「……治るか」
「全身全霊かけて、治します」
忌々しいあの取り澄ました顔が、脳裏から消えない。
「クソ秘書官め……」
ダンッ、と乱暴に酒瓶をテーブルに置く。
「お替わりはいかがぁ」
おざなりの言葉をかけながら給仕の女が通り過ぎて行く。混雑している店内を器用に泳ぐその姿をねっとりと見送り、ふん、と鼻で笑ってから立ち上がる。酒瓶をつかみ、おぼつかない足取りでカウンターに向かった。
カウンターに座っていた給仕の女メイは客に何度もぶつかりながらこちらへやってくる貧相な男を横目で見やり、えもいえぬ笑みを浮かべた。
あの男は顔は悪いが金を持っている。お城で働くお偉いさんなのだと聞いていた。本当かどうかなど知らないが、一夜の客としては上級だった。
無論それは支払いに関してのみだったが。
だから酒臭い息を荒くしながら肩を抱かれても、振り払ったりしなかった。
「マスター、抜けてもいい?」
いつものせりふに、主人はしぶしぶと頷く。
場所代として稼ぎの三割を貰っていたが、この男が相手だとその三割は他の娘の数倍なので、こんな忙しい時でも抜けることを許すのだ。
「ありがと」
にっこり、と笑い二階に上っていく。
二階は宿泊できるようになっている。ここは酒屋と宿屋の両方を経営しているのだ。
いつもの部屋にいつものように入る。
乱暴にベットに押し倒されるのもいつもの事だ。
ただ今日はなんとなく、もっと親密な仲になりたくて会話をしたかった。
「いつも不機嫌なのね……」
意外にも男は手を止め女を見つめた。
愚痴をこぼしたい気分になったらしい。
「仕事でな、一番取られたくないやつにとられたんだよ。先をこされた。まさかあんなに早く手を打つとは……」
くそ、と呟き持ってきた酒を瓶ごと飲む。
「……大切なものなの?」
「いや、あれを俺の上司に渡すと俺の地位が一気に上がったんだ。それをあいつが!」
「じゃ、そのひとの地位あがっちゃったの」
男は無言で答えた。
ま、いーわ。そんなこと。
女は男の首に手を回す。
でも……このひとの地位が上がればもっと金をくれるようになるかしら。
「それ、本物なの? そのひと、嘘ついてるんじゃない? 貴方を蹴落とすために」
言ってから我ながらいい案だと思った。
男も黙ったまま、なにやら考え込んでいる。
「そうか……あいつなら、そんな汚い手を使いそうだ。そうだ」
そうだそうだ、と何度も呟きながら男はベットから下り部屋を出て行く。
「ちょっと、お金……」
取り残された女は、よけいなことをしたことに気づくのにもう少し時間がいた。
「馬鹿め、あの陰険秘書官……こんな魔物。私の目をごまかせると思うのか。私も魔法使いだということを忘れている。馬鹿め、馬鹿め。私はナイアーラトテップにいたこともあったんだぞ。こんな魔物……ザイウェトロストになぞ足下にも及ばぬ、下級の魔物ではないか」
ハスター家の地下。魔法で侵入した魔法使いは一人言を続けながら、にやにやと嫌な笑いを浮かべている。
そして大切そうに金のかごに入っている魔物をひと睨みするとかごを蹴った。
情けない泣き声を上げる魔物がおもしろいのか、満面の笑みを浮かべながらかごごと踏みつける。金はたやすく折れ中の魔物を圧迫する。
「踏めば殺せるような、下級の魔物だ。どこがザイウェトロストより強力なんだかなぁ、秘書官殿」
ぐしゃ、と肉のつぶれる嫌な音と魔物の悲痛な叫びが地下に響く。
守衛が異変を感じ駆けつけた時には、魔物の死体だけが残っていた。




