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   (白壁3)

 区切りませんでした。長いです。


 残酷描写あり。

 残された二人。

 アズーアは酷く苦しげな顔をしていた。

 友人であるからこその言葉だけでなく、自らの存在自体をも否定されたような衝撃があった。

 その様子には気づかず去る足音を見送るエリュオナ。


「あの男は……」


 マントでごつい身体の隠れた後ろ姿は、あまりにもかのひとに似ていた。


「ええ。アルハザートは王弟なんです」


「では、アズーア。彼に権力を使えというのはあまり感心しませんよ」


「アルハザートが内乱を起こすような愚か者でないことぐらいわかります。せっかく持つ力です。世界のために使ってほしいと思っていたのですが……」


 だがアルハザートは、世界が嫌いだと言った。


「片や双子の兄は機嫌で世界を動かし、片や双子の弟は好きでもない世界を命がけで守るんですか。確かに、仕事だと割り切らないとできませんね」


 アルハザートが割り切っているのだと思いたくなかったが、その言葉を否定することが出来ずに、アズーアは無言で部屋を出た。




 

 人けのない中庭。

 今魔法使い達は力を回復させるべく休んでいる。騎士や獣騎士は訓練場で素振りでもしているのだろう。自由に動き回れるのは限られた者だけだ。

 腕にまとわりつくマントを後ろに払うと、白い煙のように埃が舞った。

 中庭の中央、アルハザートは微笑んで立ち止まった。

 絹の服より、この木綿のマントの方が好きだった。ただマントはなにやらおおげさなような気がして、着る事はめったになかったが。

 豪華な部屋より、散らかった埃だらけの質素な部屋の方が好きだった。王城の私室よりよく眠れた。

 エリュオナが思い込んでいるように、アルハザートは今の生活を嫌悪してなどいなかった。

 それはアズーアが推察している通りだ。

 ただアルハザートは、この世界が好きじゃなかった。だからといって嫌いでもなかった。

 だから、守る事ができたけれど、たまに、なぜ守っているのかわからなくなる。


 好きになれれば、悩む事などなく、幸せなのだろうが。


 笑みを消したアルハザートの身体が一瞬沈み、次の瞬間にはそこにいなかった。


 残ったのは、影。


 空高く、アルハザートは飛んでいた。

 ナイアーラトテップ城群はザイウェトロストの結界の一番北に位置する。そのため、ほどなくして乳白色の壁が頭上から前方にかけて現れた。

 この壁の向こうは、ルルイエ。そこに暁がいる。


「……お前が世界なら、守る理由もわかるのにな」


 呟きは、誰に聞かれることもなく、消えていく。

 冷たい空気が、アルハザートを包む。





 

 天井が剣山になってる。お花を刺す、あれだ。でも天井の剣山は随分いびつな形だ。大きさがまちまち。形も歪んでる。

 ほけー、と眺めて気がついた。


 私落ちてない?


 この世界にきた最初のとき落ちてた。あれと同じように、びゅうびゅうと風が耳元で騒いでいる。


「うをぅ!」


 叫びと同時に動きが止まった。意識しないと浮けないらしい。


「ミンチにならなかったんだ……」


 ふぅ、と息を吐く。だが力を抜いたのもつかの間。暁はじたばたと両手両足で空を掻きとろくさい動きで移動する。

 後からあの凶暴な龍がやってくると思ったのだ。

 もがくのに疲れ、ちらり、と後ろを見ると天井からひときわ大きな針というより鋭利な岩山が垂れ下がっていた。


「あ……逆さまか? もしかして」


 恥ずかしー、と誰も見ていないのに赤面する暁。そして天井と思っていた方に足を向ける。


「うあー、でっかいドーム」

 ひときわ大きな岩山の向こうには、乳白色のドーム状のものがそびえていた。


「『門』はどこにあるんだろ。こっちにはないのかなぁ」


 ドームに近づく暁の動きはスムーズだ。

 手足をばたつかせずとも移動出来る事に気づきまた赤くなる。


「そういや、龍から逃げる時もスーっといってたっけ。あ、龍っ」


 びくぅ、とあたりを素早く見回すがあの姿は見当たらない。

 『門』は、暁を最後に閉ざされたのだと判断する。


「『門』が閉じてる時は、こっちでは見えないとか?」


 と思ったら、目の前に近づいた大きな岩山の壁面に、あの六芒星が大きくかかれていた。

 垂直に奇麗に削られた壁面に触れるが、やはり反応がない。


「開くまで待つかぁ」


 心細いのを我慢しながら、待つこと数十分。『門』は沈黙したままだった。



「なにやってんだよー、こっちは結構寒いんだぞーおいー」


 我慢できないほどではないが、じっとしているとじわじわと冷えてくる。

 『門』に触れたままだった手を離す。かじかんだ手をこすり合わせながら、さきから気になっていた岩山の後ろにそびえるドームに向かった。


「しっかしでけーな。東京ドームって行った事ないけど、あれとどっちがでかいだろう」


 目の前のドームに手を伸ばし触れてみる。


「お?」


 目の前にあったのは、『門』。

 ドームに触れた格好のまま『門』に触れている。


「あれ?」


 ドームの前にいたはずなのに。

 今度はドームの違う位置に触れてみる。結果は同じ。ドームに触れた途端『門』に同じ格好で触れている。


「なるほど。このドームに触れた魔物は『門』に触れてあっちへ行くのか。よくできてんなー、これ」


 ドームの滑らかな表面を見つめる。触れた時感じたのは、奇麗に削られた岩の表面とさして変わらない滑らかさ、例えるなら卵の殻の表面に似ていた。


「タマゴ……。そうだよな、ここは異世界なんだから私の観念では計り知れないタマゴがあっても許される。しっかし、なんだってこのタマゴに触れたら『門』に行くんだ? 動物的防御反応か? 半分岩山の群れに埋まってるし」


 適当なうんちくを呟きながらドームの上を飛ぶ。『門』に行きたいと思ったらドームに触れればいいのだから『門』からいくら離れてもドームに近ければいい。


 ギィィィィィッッッ


 自分の呟き以外の音を、初めて聞いた。

 けどこの声は、人間の発するそれとは随分と異なって聞こえる。まるで獣の咆哮だ。


「!」


 気配を感じて上を見る。


「わ・鷲っ」


 てっきり魔物だと思ったのにっ

 鋭いくちばしが暁めがけて降ってきた。

 慌てて逃げる。


 な・なぜ鷲がこんなとこに……でも鷲ってあんなに大きかったっけ?


 一瞬だけ見た鷲は、そのくちばしだけでひとを二人は丸呑みできそうな大きさだった。

 あの鷲は友好的ではなさそうなので、とりあえず逃げ続ける。


 羽音が追ってくる。


 捕まったらどうなるんだろう。


 ここには、守ってくれる人もいない。


「死んでたまるかぁーっ 私だってハラ減ってるんだぞ!」


 捕まったら、なんて考えるのを止める。


 恐いだけじゃないかっ


 だがそういうマイナス思考は連鎖的に起こる。


 もしこのまま『門』が開かなかったら。


 一番考えたくなかったもの。それは死ではなくナイアーラトテップの裏切り。


 暁が見捨てられる、ということ。


「アルハザートは……守ってくれるって言ったもんっ」


 ちくしょー、頭の中がぐしゃぐしゃになっただろぉっ 馬鹿鷲っ


 ナイアーラトテップは裏切らない。絶対。


 だからこんなところで鷲のえさになんてなるわけにはいかない。


 私が死んだら、きっと彼ら……ナイアーラトテップは傷つく。アルハザートは自分を責める。……真面目なひとだから。


 考えるのをやめ、気持ちを切り替える。

 逃げることに集中する。

 景色はいつのまにか岩山だけになっていた。


 まずい。『門』から離れてしまった。


「『門』…、そうだっ」


 飛びながら首を巡らす。案の定大きなドームは斜め後ろにあった。大きいので離れていても見つける事ができる。

 暁は大きく弧を描きながらドームに近づく。

 視界の端に見え隠れする鷲は、やはり普通の鷲ではなかったことに気づいた。

 四つ足を持つ鷲だった。上半身は大きな鷲で下半身は、しっぽから判断するとライオンではないだろうか。


「さすが異世界」


 近づくドームに手を伸ばす。これで魔物から逃げられる。

 触れた途端、暁は『門』の前にいた。手は触れていたのに、やはり反応がない。

 再び湧き上がる不安を押しのけ、近くの岩山と岩山の間にできた影に隠れた。あの魔物もドームに触れてしまったら『門』に来るからだ。

 ばくばくと鼓膜までが心臓になったように鼓動が激しい。拳を握り締める。

 恐くないはずがない。けれど弱音を吐くような時じゃない。今は魔物に気をつけて『門』が開くのを待てばいいんだ。

 あの魔物は『門』に現れない。あきらめてドームから離れたのだろうか。


 サラサラサラサラ……


 砂が流れるような音が聞こえた。





 びくっ、と暁は過剰に反応して辺りを見回す。背後だった。

 反射的に飛び退き、そいつを観察する。

 岩山の表面が波打ち突き出てくる。

 暁が見守る中、それは人間に似ているモノに変化した。

 人間の上半身だけで胸から下は岩山と同化している。そいつは人間に比べて腕が異常に太く、長かった。

 この岩の魔物はのろのろと暁の方へ近づいてくる。

 魔物の中には、人間に無害なものもいることは知っている。


こいつはどうなんだろう。


 あまり近づき過ぎないように、と離れようとした途端その気配を察した岩の魔物は炎に包まれた。


 敵だ!


 即座に判断して逃げ出す。だがそれを遮るように、炎に包まれた大きな腕が伸びてきた。

 青灰色の岩の色だった腕は見る間に赤くなっていく。触れられたら一瞬で大火傷は間違いない。

 暁はうまく避け逃げきる。けれどその岩の魔物のそばにいると暖かいので、あまり離れない。もちろん腕の届かない程度には離れているが。

 あきらめたのか岩の魔物は身体から炎を消す。けれど熱せられた岩の身体はまだ赤い。


「おちおち岩影に隠れていられないな」


 鷲頭の魔物がいないかと辺りを見回す。


 ジュ、と嫌な音がした。息が止まった。


「離せ離せはなせ」


 絶叫。激痛が足から全身に駆ける。

 見下ろした。左足をつかむ真っ赤な手。信じられないことに、それは十メートル近くも伸びていた。


そんなこともできたのか・・!


「ぇええあああああああ!」


 さらに右足首をつかむ赤い手。もう痛いというより身体が震えるほどの衝撃だった。

 離してほしいと身体全体で叫んだ。

 

         パン!

 

 軽い破裂音と共に、赤い手が消えた。

 これ以上痛くなることはなくなったのだとわかった。けれどこれ以上の痛みなんてあるんだろうか。


「はっ・ぁ・あぁ……ぅ・う……」


 痛みで思考がマヒしていた。

 だから近づく気配に気づかなかった。

 気づいたのは、背中に衝撃を感じたからだ。

 衝撃の反動で振り向き、猛禽類の目と血に濡れた鋭い爪を見る。


 鷲頭の魔物。


 肉の焼ける匂いと悲鳴にひかれたのか。


 ああ……逃げなきゃ……


 雑念がなく、ただ逃げることのみ思った暁の動きは、さきほどのそれより数倍素早かった。

 雑念は、蝦夷との同化の妨げになっているようだ。

 逃げる暁の下にはドームが広がっている。 暁が飛ぶうちに、ドームの色が乳白色から灰色へと変わっていった。


 ああ、わかった……


 思考が少し戻る。微笑みが浮かんだ。


 卵の中には、あの異世界があるんだ。


 ドームの端が近づく。


 暁は、手を伸ばした。


 信じてる。絶対


 この世界は私を独りにしない。

 

 

 


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