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   (白壁2)

 ナイアーラトテップ、『もん』の

 六芒星をぐるり、と囲む騎士達は中には踏み入らない。以前戦っている時も六芒星ろくぼうの外側だった。


 六芒星『門』に踏み入ってはいけないのだろうか?


「いいか、これはたちの悪い魔物をルルイエに帰す作業なんだ。たまにこっちに襲いかかってくるのもいるから気を引き締めとけ」


 アルハザートは剣を抜かずに、だがいつでも抜けるよう鞘に手をかけている。

 暁を連れたアルハザートは、獣騎士の隊長なのだが他の獣騎士達になにも指示したりしない。

 アズーアいわく、獣騎士は自分で判断して実行し、有能ではあるが無鉄砲な隊長の気質そっくりの者だそうだ。

 暁はこくり、と頷き辺りを見回す。

 二人はいつものごとく浮いていたので見下ろす格好になる。

 『門』より人間五人分ほどの高さに浮かぶ魔法使いがいた。手に本を持っている。その後方に下級魔法使い達が並んでいた。


「あの本って確か……『封印の書』とかいう魔物を封じているやつじゃなかったっけ」


「そうだ。言ったろ? たちの悪い魔物を帰すって」


「入った時みたいに出る時も、どぱーっと出てくるんですか?」


「んー」


 アルハザートは説明に詰まる。


「見てりゃわかるだろさ」


 面倒になったらしい。

 空中の高い位置に浮かぶ上級魔法使いが呪文を唱えた。

 途端六芒星が淡く光り出す。


「『門』を開いたんだ」


「こっちから開くことも出来るんですね」


 アルハザートは『封印の書』から目を離さずに頷いた。

 『封印の書』を持つ下級魔法使いはおもむろに本の一頁を破り取る。そして六芒星に向かって持ち、一気に引き裂いた。

 無音の中で一瞬にして現れた魔物は六芒星の中に飛び込んでいった。不思議なことに、六芒星の表面に波紋が広がり、魔物は水に飛び込んだかのようにして、中に潜っていってしまった。

 次々と本の頁は裂かれ、そこから現れた魔物は六芒星に飛び込みルルイエへ帰っていく。

 それにしても、とその作業を見飽きた暁はずらりと並ぶ下級魔法使いを見る。


 彼らはなにをしているんだろう。


 並ぶ下級魔法使い達は現れる魔物を凝視し続けている。目が疲れそうなものだが。


「彼らは思念魔法を行なっています」


 また気配を感じさせずにそばにいたアズーアが説明してくれる。

 しかし、このひとは私の頭の中が見えているのかな……


「しねん魔法?」


「『ルルイエに帰れ』『ルルイエに帰れ』と魔物に対して念じ続けているんですよ。それが力となり、ああして魔物はおとなしく『門』に飛び込んでいく」


 確かに。凶暴だの有害だのと言われているはずの魔物達は妙にあっさりと六芒星に飛び込んでいく。


「だが時にはあいつらの思念魔法が効かないこともある。そのときのために俺達はぷかぷか雲みたいに浮いてる」


 シリアスな口調で言われてしまった。アルハザートは気を抜かずにでも軽口を叩けるらしい。

 それとも本人は軽口を叩いている自覚がないのかもしれない。


「そう。そのもしも、のために上級魔法使い達は力を温存しているんです。決して私は仕事をサボっているわけではありませんから、誤解しないでくださいね。私の場合大きな魔法のひとつふたつで気を失いますから、おいそれと使えないんですよ」


 暁はアズーアが魔法を使っているのをみたことがなかったが、それに気づいていなかった。

 暁に誤解されているのでは、というアズーアの心配は杞憂だ。


「こいつの言う大きな魔法ってのを使えるやつは、こいつしかいないからな。だからこいつはこんなにえらそーなんだ」


 いつになく淡々と言うアルハザート。その背中を冷たく睨むアズーア。


「上に立つ者の威厳と言って下さい。あまりに威厳がなさ過ぎると政治的に侮られますからね、アルハザート」


「俺は政治に関わる気はないから、威厳なんぞなくていいんだ」


「それもそうですね」


 アズーアは即答してアルハザートへあてつけるが、アルハザートはそれきり会話を切る。

 アルハザートは政治に関わることを毛ぎらいしていた。

 アズーアは政治なくして組織は成り立たないと考えていたので、そんなアルハザートに怒りを抱いていた。

 上に立つ者として、政治とは切っても切れぬ仲であるのは当然だった。それをわからぬほどアルハザートが愚かではないと知っていたので、よけいに腹が立つのだ。


 アズーアは無言で離れて行った。


 なにやら荒い気配のまま離れて行くアズーアを見送り、アルハザートに視線を移す。


 アズーアはアルハザートに政治に参加して欲しいんだな。


 それくらいのことしかわからなかった。


 それが、暁には少し悲しかった。


 所詮この世界からいつか去るのだから、深入りしちゃいけない。深く入るだけ入って、知るだけ知って去るなんて失礼だ。それは野次馬とか好奇心とかと同類だ。


 そう自分に言い聞かせ、『このひと達のことが、もっと知りたい』という欲求を押え込んだ。

 考えに没頭していた暁は気づかなかった、がその時ルルイエに帰すべく現れた魔物は、先日半殺しにして捕まえた龍だった。


 シャン、とアルハザートが剣を抜いた音で暁は我に返った。


 第三者の暁が思わず悩んでしまったのに、当事者のアルハザートは仕事に集中していたようだ。だから魔法使いの思念魔法を振りきり、こちらへ向かってきた龍を迎え撃つべく剣を構えた。


「どぅわっ」


 暁が襲われた訳でもなかったが、間近に迫ってきた龍の迫力に驚きの声を上げる。

「ハッ」

 アルハザートの気合いを入れる声が聞こえた。

 ほぼ同時に龍と打ち合うのだと感じていた暁は、何も衝撃音が伝わってこないので閉じた目を開いた。


 龍はいた。


 けれど口を開いたままぶるぶると震えている。

 自分に向けられたものではないが、視線を感じ龍から目を移すと上級魔法使い達が一斉に龍を凝視していた。思念魔法を使っているのだろう。それが龍の動きを束縛しているのだ。

 この隙に、とアルハザートは龍に背を向け暁を抱えるとその場から離れようとした。

 が、それを許したくない一心にか、突如龍が動き出した。


「後ろ!」


 暁の声にアルハザートは動物的反射神経で剣を動かすと、龍の牙からかろうじて身を守った。しかし龍を押えることは出来ずに龍の進むまま押される。

 魔法使い達がルルイエへかえるように、と思念魔法を使っていたため龍は六芒星のほうへ進む。

 近づく六芒星にちょっとまずいんじゃぁ、と暁は首を巡らせた。

 アズーアがあたふたと本をあさっているのが見える。


 やっぱまずいよね……


「アルハザート、私を離してください。そうすれば戦い易いでしょ」


「そうしたいんだがな。どうやらこいつが狙っているのはお前らしいんだよ」


「げ」


 どうすんだよぅ。このままじゃ、六芒星に突っ込んじゃう。


「『門』を閉めろ」


「こいつを封印しろっ」


「はやく!」


 怒号が飛びかう。


 ……まてまて。このまま『門』が閉まってただの床になったとしたら、このまま龍に叩きつけられてミンチか


「アルハザートっ アルハザートっ やっぱり離してっ とにかく龍の方向を変えなくちゃ」


「無理だな。こいつはあの時と違って怪我なしだ。お前が逃げてもすぐ追いつかれて食われるぞ」


 恐ろしいことをさらりといってくださる。


 目の前に龍が口開けているというのに相変わらず淡々としたものだ。

 その間に魔法陣は目の前に迫った。表面はまだ揺らいでいるように見えたが、でも床だろう。


 咄嗟に行動したのは、筋肉でごつい腕をはがした。それくらいしか、暁は自覚していなかった。


 いつも守られてばかりだったから、と、思ったような気もする。


 自分はミンチになるのだと、自覚していなかったからそんなことができたのかもしれない。頭ではわかっていたのに。それだけで行動してしまうなんて、愚かだと言われてもし方がない。

 

 不意に消えたのを知り、アルハザートは思わず剣を落としてしまった。

 忌々しい目の前の魔物が消えた。アズーアが『封印の書』でまた封じたからなのだとわかる。


 けれど、もうひとつはわからない。


「……アキラ?」


 細っこい少年の、意外にもやわらかな身体が腕より消えている。

 下には六芒星。あと数十センチで触れるという至近距離には、輝きを消し揺らぎもない『門』がある。


 閉じられた『門』。


「あいつ、どこに?」


 緊張で乾いた喉は、ひどく聞き取りずらい声を出す。

 彼にはわからなかった。その瞬間を見ていたのは彼以外の者だったから。


「アキラさんは、ルルイエに……」


 『封印の書』を閉じつつアズーアが呟く。 彼もまた、えもいえぬ緊張に身体をこわ張らしていた。


 アキラさんは、ザイウェトロストと同化していますから、例えルルイエで魔物に襲われても大丈夫なはず。


「大丈夫ですよ、アルハザート。アキラさんは、ザイウェトロストと同化しているのですから……」


 自分に言っているのか、アルハザートに言っているのか、アズーア自身もよくわからなかった。

 



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