混乱2(白壁1)
なんか私は蝦夷のおかげですごいらしい。
だから他の城に狙われてるんだとさ。
それでつい何日か前もクトゥルーという城のひとがやってきて、一体これからどうなるんだろう、とは思ってたんだけど、あれからなーんもおこらない。
ま、アルハザートがいたからそんなに心配してなかったけど。
「最近平和ですけど、これが噂のアズーアさんの根回しですか」
「そ。さすがだな……あんな小うるさい奴等の介入を阻止するとは」
身体がなまる、と呟くなり腹筋をし出したアルハザートは、相変わらず口調に抑揚がない。
けれど慣れた暁は心底感心していると知る。
「なにかお礼したいなぁ。なんか皆さんにご迷惑をかけまくっているような」
心苦しい。
「別に俺は迷惑に思ってないぞ。仕事だからな。……アズーア達もそうだろう」
アルハザートは簡潔に応える。
うーむー、でもなー仕事増やしてるのは事実じゃないか。
「……あ、なんか恐いこと考えてしまった」
「なんだよ」
「いや、その……もしいきなり蝦夷にあっちの世界へ連れ戻されたら、こっちはかなり混乱してしまうのではないか、と」
「は? どういう意味だ?」
アルハザートは寝ていたので、暁がここへ来ることになったいきさつを聞いていない。
でも説明したところで理解してくれそうもない。
「んーと、つまり、私が元の世界へ戻るっていうことです。突然、ぱっ、とね」
「え!?」
そんなことあるのか!?
「蝦夷はどうも気まぐれですから」
いやそうじゃなくて、とアルハザートは言葉を濁す。
はた、と暁は、珍しく顔色を変え動揺しているアルハザートの言いたい事に気づく。
「私、多分あっちの世界へ戻りますよ?」
いくら気まぐれな蝦夷でも、ここへ連れてきたままということはないだろう。
「だめだ!」
強く言い切られ、暁は困惑する。
そんなこといわれてもー
「いや、うーん…」
うーん、うーん、とセミのように結構長い間悩むアルハザート。
珍しいので暁は黙って見ている。
「俺は、まぁ、あれだし……」
あ、あれってなんでしょう……
密かにツッコむが口には出さない。アルハザートは理論然と話すのが苦手らしいとわかっている。
「でも、アズーア達は、お前のこと知りたがってるし……あっちの世界のこととか、教えるまではこっちにいろ」
「はぁ。そうですね……。蝦夷はどうやらすごい力を持っているらしいから、あっちとこっちを行き来するのなんて、お茶の子さいさいでしょうしね」
暁がひとり納得するのを、アルハザートはほっとした表情で見ていた。
まさかいなくなる日が来るなど、思ってもみなかったようだ。
アズーアを始めとする、上級魔法使いによる会議が開かれていた。
おざなりの研究報告が終わり、明日行なう凶暴で人間に有害な魔物をルルイエに戻す作業の手順が、手早く確認された。いつもならこれで会議が終わりなのだが、今日は違うらしい。
「先日、ザイウェトロストの結界を破る者が世界に訪れたことは、皆も知っていることと思います。来訪者がいかなる者か、耳の早い者は知っているでしょう」
そこで言葉を切り皆を見回す。
誰もが興味深々とアズーアを見返した。
「いずれ詳しく発表しますが、今回は概要のみとしましょう。まず来訪者には害意はありません。来訪者自身は我らよりか弱い者ともいえます……」
上級魔法使い達は安堵の吐息をもらす。
頭の回る者は、ザイウェトロストより強い魔物に支配されることを懸念していたのだろう。
「創世の神話は覚えていますか?」
唐突な言葉に誰も答えられない。
「我らの祖先は、ルルイエに住んでいた。というあれです。カステナー、続きを?」
「はい」
カステナーと呼ばれた魔法使いは立ち上がる。
「我らの祖先は岩山だけのルルイエに住み、やがて出合った高等魔であるザイウェトロストに助けられ、この世界を与えられた、と」
「まぁ、粗筋はそんなものですね。詳しいことはわかりませんが、どうやら我々の祖先はザイウェトロストを助けた。そのお返しに、とザイウェトロストは我らの願いをかなえてくれた。それが……」
カステナーに座るよう促しつつ語る。
「『我らに住む場所をください』でしょう?その後が『魔物が入ってこないようにしてください』と結界を張らせた。それが来訪者とどう関係が?」
魔法使いのひとりが問いかけてくる。
アズーアは満足げに頷き微笑んだ。
「ではザイウェトロストは住む場所を与えるためにどうしましたか?」
アズーアの問いに行儀よく手を上げる者がいた。
「どうぞ、ダグロッテ」
「はい。確か、我らと同じ種族の者が住んでいる環境を再現したと、記憶しております」
「そのとおりです。では我らと同じ種族とはなんでしょう?
聡明なあなたがたならすぐにわかりますね。人間です。だがルルイエは無限に広がる岩山です。一体どこに我らと同じ種族がいたのでしょう?」
しん、と会議の間は静まり、誰も応えない。
「私は創世の神話を学んだ時そう疑問に思いました。そしてそれをもとに仮説を説いたのですが……」
「ああ、『神話真続論』ですね。思い出しました」
カステナーの言葉に一同ざわめく。皆思い至ったようだ。
「そうです。我らと同じ種族の者は、このルルイエではない別の世界にいる、という説です。子供の頃でしたので、随分と単純な説でしたが来訪者と会った時、この説が正しかったことを実感しました」
では、と魔法使い達はざわめく。来訪者の正体がわかったのだ。
「では、来訪者は人間なのですね」
「はい。おそらくザイウェトロストが再現するときに参考にした世界の住人です」
鷹揚に頷いて応える。
「しかし、では、人間がどうやってザイウェトロストの結界を破ったのだ?」
「そうだ、その人間はどうやってこちらの世界にきたのだ?」
「そんな力を持つ者が人間なのか?」
飛びかう質問にアズーアはひやりとさせられる。話しの持って行き方次第で暁に害意を向けられてしまう。
「お静かに。来訪者自身は、我らよりか弱いと先に言ったはずですよ」
固唾を呑む魔法使い達ひとりひとりの目を見て信じさせる。
「あの方は、世界を渡り歩いていたザイウェトロストに出会い、別の世界へ共に渡る事をを許されたのだそうです」
ほぉ、と感嘆の吐息がしばらく室内を占めていたが、また質問が放たれる。
「だがなぜこの世界へきたのですか?」
「ザイウェトロストは、来訪者と同化したのです。そのため来訪者にとって都合のいいように、わざわざこの世界まで導いたのでしょうね」
全ての世界に大気があるとは限らない。人間が渡ることのできる世界にも、限りがあるのだ。
ざわ、と室内は騒然となる。
「ザイウェトロストも同化するのですか?」
「来訪者はいまどこに」
「ザイウェトロストの詳しい能力は?」
アズーアは質問を無視して立ち上がる。
「このことは出来るかぎり内密に。時をみて詳しく発表いたしますので。ただ来訪者は大変好意的でまったく害意はありませんから、ご安心下さい」
念を押す。もともと魔法使いは学者気質なので研究対象として好奇心で騒ぐだろうが、くだらない偏見や害意を抱いたりしないだろう。
ただ来訪者の研究を独り占めしているとアズーアを妬んだりはしそうだが。
ま、矢面に立つのが私ならいいんです。
ほっと、会議の流れが思い通りにいって胸をなでおろす。




