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前編

『コーヒーカップの精霊』というタイトルで、読み手に問いかけるようなストーリーで悲しくないものというリクエストに沿って書きました。


 この物語はフィクションです。実在の団体・商品・人物とは一切関係ありません。



 恋は、砂糖菓子みたいに甘い。

 恋は、ビターチョコみたいに苦い。


 よく、そういう風に、言う。




◆◆◆ ◆◆◆



 ――全国的に12月としては比較的暖かい日が続いたこの陽気は、どうやら今週末までとなりそうです。気象庁によりますと、21日金曜日の昼過ぎからは日本列島上空に強い寒気が流れ込み、夕方には西日本から北日本にかけての広い範囲で雪が降りはじめる模様です。この寒気の影響で関東地方でも雪となり、平地では初雪が観測される見込みです。週末の急激な気温の変化に、どうぞお気をつけ下さい。それでは、明日のお天気です――



 駅前のロータリーを見下ろす電光掲示板と大型スクリーンからは、一日の終わりを告げるように今日のニュースを紹介する文字と明日の天気を伝えるアナウンサーの声がそれぞれ流れていた。乗り換えのために各停電車を降りたゆいは、快速電車を待ちながらホームの向かいにある煌々こうこうとしたその景色を眺めていた。

 この時間帯の週明けのホームには、一日が終った独特の安堵と、まだ週のはじまりを表すような少しの緊張感が、ないぜにある。


 

 ひゅう、と吹く風に首がすくむ。

 月が変わってからも、さほど気温が下がることなく暖かな日が続いているとはいえ、とうに日が沈んだ今の時間はやはり寒い。唯は、前を開けていたキャメルのアンゴラ混のコートのボタンを留め、両手首部分に付いた同色のファーにさえぎられながらも鞄の中を探った。朝の出勤時間帯でも暖かいために、外してきた襟部分に付属するファーの代用として使っている赤色のマフラーを、内巻きにした肩ほどの毛先が崩れるのもかまわず、ぐるぐると巻いてそこに顔をうずめた。

 唯は丸い目をちょっと細めた。

 

 寒いとき、マフラーに顔をうずめると唯はなぜかくすぐったい。

 世界と自分とを少しだけ切り離したような、そこは心地よいぽっかりとした空間になる。ぽっかりとした空間は、唯を飲み込んでいく。唯はただ目を閉じてそのままに空間をただよう。そうすると、切り離した空間ごと空気に包まれる気になる。それはどこまでも日常に溶けてゆくような。

 特にこんな風に電車を待つときの、雑踏に混じる感覚に似ている。

 だからこの特別早くもなく遅くもない時間帯の、ホームの明かりと人の流れるさまが、唯は好きだった。



 そういえば菖子しょうこちゃん、変な顔してたなあと唯は思った。

 11月の下旬に友人の菖子と会ったときに、あまりの寒さのため唯は襟部分に付いていたファーの上から、今の赤色のマフラーを巻いたのだ。その日は最高気温が10度に届かず、11月にしては異例の寒さだった。重たい灰色が朝から低く空をおおっていた。菖子と食事をして帰る頃の駅のホームには冷たい風が吹き出し、地上にあるホームの乗客はことごとくその風の餌食になった。唯もその例にもれなかった。少しでも風を浴びないようにと、念のため鞄に入れておいた赤色のマフラーで口元まで顔をおおったのだ。

 そのとき唯の隣にいた菖子は、実際なにか言ったわけではない。ただ、少し気の抜けたような顔になった。きっと、奇妙な格好だと思ったのだろう。だが菖子はそんなことを深く気にするような性格ではない。ただ菖子の、最近はあまり見なくなった表情の一瞬の懐かしさが、唯のなかに残っていた。


 ――菖子ちゃん、最近シビアになったかなあ、と下を向くために高くない鼻がますますマフラーにうもれていくままに、唯は考えた。


 菖蒲しょうぶのように凛とした立ち姿に、ショートボブにゆるいパーマをあてた髪は、黒に近いワインレッド系の色。青みよりの肌に、それがとても似合っている彼女の、ややくぼんだ特徴的な三重の左目が、考えるようにこちらを向くさまを思い出した。



くないんじゃない? そういうの。いくら友達だとはいえ』

『そうかなあ。でも、今もみんな仲良いでしょう?』

『それはね。でも彼女がいるなら、控えたほうがいいんじゃないかな』

『学生のときは、そんなこと誰も気にしなかったよ?』

『学生じゃなくても、ちょっと前まではそうだった。でもなんていうか……、もう違うように感じる』

『もう、って?』

『わたし――二十九になったら、境ができたように思う』

『境? どんな?』

『それまでとは百八十度変わったって感じるぐらい』

『百八十度? なにがそんなに?』

『あらゆることが』

『わたしもあと一ヶ月くらいで二十九になるけど……。わたしも変わるの?』

『それは……、唯ちゃんにしか分からないと思う。でもわたしは、周りから求められる。期待されて当然だって言われる』

『期待されるなら、好いことなんじゃないの?』

『すべてが大人であって当然になるんだよ? ほとんど強制じゃない』

『それって友達付き合いでも言えることなの? 周りがそう見たら、そう振舞わなきゃいけないの?』

『唯ちゃんは真成君と――どうなりたいの?』

 

 突然だった。え、と唯は瞬間言葉につまった。

 菖子の瞳は真剣だった。

 それは唯の返答に自らの真実を求めようとしているかのように。

 だから菖子の訊きかたは、唯ではなくむしろ菖子自身への問いかけだったはずだ。

 菖子の目の前に一枚の膜を張ったように、そのときの菖子と唯の間の空気は途絶えたから。菖子は、膜によって跳ね返った問いをぼんやりとしかし落としどころを探すように、姿勢よく頬杖をつきながらしばらく目をカルティエの腕時計に落としていた。

 菖子がきっと考えていたのは、『真成』という名の人物のことではなく、『どうなりたいか』のほうであろう。

 ここ半年ほどの菖子は、生来の華やかさを無理に押し込め、シビアになろうとしているように唯には映った。唯の格好を見たときのような、自然な菖子の表情を唯はしばらく目にしていない。


 菖子ちゃん、やっぱり仕事でなにかあったのかなあ。相変わらずマフラーに顔をうずめたまま、前に並ぶサラリーマンの靴のかかとを見ていた。


 ――――どうなりたい? それは――……


 

 唯はふとそこで、意識の底で記憶に触れるものが頭の奥で浮遊していることに気づいた。

 ――あれは何だったっけ。

 

 現実と無意識の境を行き来するように、コートの裾が風ではたはたと揺れた。

掴もうとする考えに至る前に、また菖子との会話が浮かんだ。

唯の丸い目の上の意外にも凛々しい眉が少しかげった。



『好くないんじゃない――?』


 菖子が唯の行動を諌めたり忠告したりすることなど、学生時代を振り返っても今までなかった。

 二年前に、菖子の勤める証券会社は外資系の証券会社と合併した。それにともない証券会社の花形部門のひとつだと言われている法人営業部に移ってから、菖子は仕事が格段に忙しくなった。学生のときから憧れていたカルティエの腕時計を買えるようになるほど、若手にして菖子は栄転した。けれど今はそのカルティエの腕時計をしていても、浮かばない表情だった。


 今度、真成君にも聞いてみよう。

「あっ」

そこで唯はひらめいた。


 ――そうだ、真成君だ。

瞬間、唯はとてつもなく嬉しくなった。顔が自然に笑うのをとめられない。


 ――思い出した、そうだった。

 思わず踵を浮かせた。沈めた。

唯が履く紺色のパンプスが、コツコツとホームを打った。小さい子どもがおもちゃを見つけたときのようなわくわくした鼓動が、唯の胸を打った。 

 携帯電話の画面を開き、多岐真成たき まさなりの名を選択した。

メールを送信し、意外にも早く返信が来たことにまた嬉しくなった。


『真成君。今度、ご飯に行かない? 大学の近くに、良さそうなお店見つけたの。』

佳明館かめいかんの近く? 唯ちゃん、あの辺よく行くの? 水曜日の20時以降でいいなら空いてるよ。』

『ほんとに? 19日だよね。じゃあその日でいい? この間あの辺に用があって、たまたま見つけたの。』

『そうなんだ。うん、いいよ。じゃあ佳明の駅前に20時頃に。』

『ありがとう! じゃあ水曜日にね。』


 思いの外すんなりと予定が決まり、鼻歌でも歌い出しそうだ。

こちらの提案にすぐに対応して実行してくれる真成のことを、唯は頼もしく感じた。


 ――彼女がいるなら、かあ……。菖子の言葉を反芻はんすうして、唯はため息をつく。 

 真成には、大学三年生のときから付き合っている彼女がいるはずだ。しかしそれを気にしない程度にはそれぞれお互いを信頼していた。

 唯と菖子と真成は、同じ大学に通う政治学部国際政治学科の研究室の同期だった。

唯のいた研究室の同期は皆、学問に対して真剣だった。その情熱がお互いを支えていたし、純粋にしてくれていたと唯は思っている。唯はその延長で今も真成と二人でよく会うのだった。


『真成君と――どうなりたいの?』

ふいに菖子の声が脳裏を横切った。

「……恋愛したいとか、恋したいとかじゃ、ない」

唯は携帯電話の画面を閉じて、ぽつりとつぶやいた。

 どうなりたいかと問うた菖子の瞳があまりに真剣で、唯は戸惑った。考えずとも良いと思っていたことは、そうではないと無理にでも思わねばならなかった。

ふわふわと、いつまでもつかみどころのない気持ちだったものが、急に質量をともなって唯にぶつかった。それは粉雪がいきなり雪玉に変わって投げつけられたような重い衝撃だった。


『彼女がいるなら、控えたほうが――――』

その菖子の言葉は、唯の胸に苦く広がった。 


――――このままでいたい。

それはただの惰性だろうか。




◆◆◆ ◆◆◆



  あ、あー……。桂木かつらぎさんですかね、神崎です。

  えー、この間の件で――お電話しました。

  あー……お品の査定が出ましたので、つきましてはー……。

  土日は昼間はうちにおりますんで、お越しいただければ。

  えー、平日でしたら一度ご連絡ください。えー、では。



 唯は風呂から上って、夕方に入っていた携帯電話の留守番メッセージをもう一度聴いた。

 茶葉かられたシナモンティーをマグカップでゆっくり飲む。

 間延びした男の声が唯の耳に流れた。

 彼女の気に入りである、引き出し付きの白い猫脚のローテーブルには、学生時代に買ったティーポットが載っている。そのローテーブルの脇に畳んで置いてあるデパートの紙袋に、目を落とした。

  

 せっかく買ったのになあ――。少し、惜しい気もする。


 唯は『マリア・テレジア』と名の付くコーヒーカップを買っていた。

 ヨーロッパで最も由緒ある家柄のひとつであるオーストリア系ハプスブルク家の血筋をひき、オーストリアを事実上統治した君主であり、1789年に起こったフランス革命のさなか処刑されたマリー・アントワネット、フランス王妃の母であったそのひとの名である。


『マリア・テレジア』のコーヒーカップには、ようやく秋らしくなりはじめた11月の中旬、たまたま訪れたさいにデパートで開かれていた西洋アンティーク食器のフェアで出会った。だが唯は、正確にはティーカップに出会ったはずだった。そもそも唯はティーカップが欲しかったし、最初に見つけたのは『マリア・テレジア』ではなく、マイセンのティーカップだったからだ。


 唯はその名前を耳にしたことがあるという程度で、マイセンが18世紀初頭にヨーロッパで初めて白磁器を焼くことに成功したドイツ東部の磁器工房であり、『マイセンがま』として広く知られる格式の高いいわゆるブランドであることは、フェアの所々で成されている説明書きを読んだときに小さくない驚きを彼女にもたらしたくらいには新鮮だった。


 唯が目にとめたマイセンのティーカップは、白地に薄紅色や薄紫色の小さな花を幾輪か散らした文様のものだった。その花文様はひとつとして同じものがないマイセンの専売特許のようなものであるらしい。

 カップの縁と、セットになっているソーサーの縁はゆるい波形をしており、金彩が一周している。カップは上から覗くと花の形に見えた。

 唯はそのティーカップが一人暮らしの部屋の、引き出し付きの白い猫脚のローテーブルの上に載る姿に胸が躍った。紅茶が大好きな彼女は、社会人になれば一客は質の良いティーカップを買おうと心に決めていた。そしてゆくゆくは同じメーカーのシリーズのティーセットを揃えたいと小さな夢を持っていた。

 

 しかし値段が唯の心をそれ以上は容易にしてくれなかった。

 一客28万円という価格には文字通り、目玉が飛び出た。フェアの場には他にも100万円ほどする磁器の料理皿や、70万円のティーセットなどが居並び、唯を圧倒した。というよりも打ちのめした。

 打ちひしがれて会場をあとにしようとしたなか、5万7千円という価格で、すっきりとしながらも品のあるデザインの『マリア・テレジア』のカップに出会ったのだった。唯は他のもっと求めやすい価格のカップがそばにあったことにも気づかずそれを購入した。だが問題はそれだけでは終らなかった。いやむしろ、問題はもっと根源的なものだった。


 

――――コーヒーカップを買ってしまったのである。

求めていたのはティーカップであったのに、だ。

唯はこのときの自分の注意散漫を恨んだ。なぜなら唯は、大がつくほどコーヒーが嫌いだからだ。したがって、間違ってもコーヒーカップなどはいらない。それなのに買ってしまった。今年にして最大の失態かもしれないと、ひそかに落ち込んだ。









「いやぁ、すみませんねぇ。散らかっていて」

 12月初旬の閑散とした休日の午後。

 唯は一軒の民家の前に立っていた。

 唯や菖子、真成が通っていた佳明館かめいかんという大学がほど近くにある。

佳明館大学前、という文字通りの駅を降り、南北に走る大通りを東にそれ300メートルほど進むと北に長く伸びる、大学をぐるりと囲う古い煉瓦造りの正門が現れる。正門から続く煉瓦の壁を左手に見ながら南に下り、角を東に折れてまた進み、さらに北に上がり、と壁づたいに大学の周りを10分ほど歩く。

 12月にしては暖かい。午後二時の日差しはやわらかだ。


 大学の一番奥――北東側に同じく煉瓦造りの南を向く大きな時計台がある。壁の外側からもほぼ途切れることなく確認できるそれを、唯はゆっくりと歩きながら目で追った。


 時計台の続きの校舎が、唯たちの学部棟だった。学部ごとの棟は、一号館、二号館などを略して一館、二館(いちかん、にかん)と呼ぶのが佳明館の学生の間では常だった。

「変な呼び方するなあ」と真成が校舎を見上げながらぽつんと言ったことを唯はいまだに覚えている。

 政治学部の“いちかん”は、一号館という名前のくせをして、正門から一番遠い校舎だった。正門から構内の奥へ、十二号館、六号館、九号館など規則性なくバラバラに建つ鉄筋校舎を縫い8分ほど歩かねばならない。


 一号館は明治中期に大学が創設された当初から建つ最も古い校舎である。

正しくは政治學部棟第壱号館と書く建物は、正門の外壁とともに創設当初の姿を崩さず補修や補強を繰り返し、動乱の歴史のただなかを在り続けたなかなかに年季の入ったものだった。


 唯と菖子と真成は、学科の講義が同じときはよく“いちかん”の前で待ち合わせをした。

 正門の東北東にある東門が下宿先から近かった唯と違い、菖子と真成は正門からやって来る。そのため二人はいつも唯より遅れた。大体は真成が先だった。後から遅れてくる菖子が、「唯ちゃん、ごめーん」と軽やかにヒールを鳴らしてジーンズスタイルで走って来る姿は、いつも颯爽としていた。

 姿勢良い菖子は、はっと人目を引く。明るく華やかだった菖子の印象が今は遠くなっていることが、唯にはさみしかった。


 東門の前に通る道路を横切り、柊や月桂樹などの生垣に囲われた日本家屋が並ぶ路地をほんの少し進む。


 時計台が心持ち斜め横を向く南西の方角に、背を向けて唯は立っていた。


 目の細かい引き違いの格子門を構えた二階建ての民家は、神崎と縦に記された表札である。灰色かがった御影石みかげいしのその表札の隣に、神崎骨董と毛筆で書かれた木製の表札もまた、縦である。木製の表札は飴色でよく見上げると文字は直筆である。迷いのない行書体で流れるその文字は、細い筆遣いながらも『崎』や『骨』の外ねは綺麗に撥ね上げられており几帳面な印象を与える。しかし互いの色が判別しづらいほど、墨も表札も彩度は低かった。


 カラカラ、と音をたてる格子門をくぐり奥にある石畳を三つほど踏むと、引き違いの玄関戸にほどなくあたる。戸脇に生える二本ほどの南天の木が、赤い実をつけてひょろひょろと唯の背丈よりも10センチほど高く伸びていた。

 ガラガラ、と重たく軋む戸から土間に足を踏み入れたとき、ガアン――と何かにぶつかったような何かを蹴ったような音がした。

 戸から入る静かで暖かい日差しは土間から式台へ伸び、廊下の床板にうっすらと積もるほこりをキラキラと浮き上がらせた。

 玄関の向かって左には和室、右正面奥には階段、階段の手前に暖簾のれんがかかった板間の部屋が目に入る。板間の部屋と階段の前をふさぐように、随分と古い印象の背の低い和箪笥がずっしりと居座っていた。箪笥の木目と把手とっての黒い金具とが土間からの日差しを受けて、鈍い光沢を放っている。



「あの、桂木です」唯はおそるおそる声を掛けた。

 玄関の向かって左手側にある和室のふすまが開け放たれていた。敷居の前にあるスリッパの片方が、裏が天井に向いたまま転がっている。唯から見える和室の奥にも、和箪笥があった。他にも古めかしい置時計やガラスの電気スタンドなどが、畳に点々と散らばっていた。


 なにか音がしたけど。

唯は土間に突っ立ったまま、どうするべきか思案した。

 

 すると、ひょいと男が顔を出した。

白髪まじりの毛は、パーマをあてたようにうねっている。

太い眉毛の下のつぶらな目は狸を思い起こす。通った鼻梁がその目とふくらんだ唇とにちくはぐな印象を与え、まったく憎めない風体である。

 だいだいに赤をもっと足してくすませた赤朽葉色あかくちばいろのようなセーターから、白い襟をのぞかせて薄いグレーのスラックス姿をしている。

前に見たときと同じだ、と唯は思った。


 男は裏向いたスリッパを履こうと足を突っ込み、またスリッパを裏返すというある意味器用な動作をした。

 線が細いということもないがそこまでがっしりしていないわりに、ドシドシドシという擬音がつくような足の運びで男はこちらに向かってきた。

――多分あの木くらいだ。

彼女は以前に近くに見上げた男の身長を、玄関脇に生える赤い実をつけた南天の木を描いて符合させた。

「お電話いただいて、ありがとうございます。それで、これ、お持ちしました」

唯は持っていたデパートの紙袋を男に見えるように両手で掲げた。



「いやぁ、済みませんねぇ。散らかっていて」

 わざわざ有難うございます、と男は笑った。

笑うと鼻の高い信楽焼きの狸に見えた。



 ここまでお読みくださいましてありがとうございます。歴史を織り交ぜて書くのは初めてです。ご意見・ご感想などございましたらお寄せください。物語は中編・後編へと続きます。

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