第一話
調子にのってもう一章追加させてもらいました。
少し切ない系含みます。苦手な方はご遠慮くださいませ。
―― ……ん?
私は拾ってしまった。塔の前で一つの鍵を。
「これは、どこへ繋がっているんだろう?」
小首を傾げるが私にそんなこと分かるはずもなく、まぁ良いかで済まされる。それをポケットの中にしまってルイさんに届けてあげようかと思ったが、ふと思い留まった。
きっと鍵を失くしたなんてことになったら相当困るよね。相当焦るよね? あのルイさんが……。
「ふふ……」
神様私は悪い子です。
自ら鍵を渡すのをやめた。焦りきったところに落ちてましたよといえば泣いて喜ぶかもしれない。
刹那その姿を思い描いて首を振る……それはない。ていうか、やめて。気持ち悪い。
でも、感謝されるかもしれない。あのルイさんに! 私は緩む頬を我慢出来なかった。
「何をにやにやしているんですか? 気持ちが悪い。悪いものでも食べたんですか?」
「げ」
見計らったように掛かった声に私は思わずカエルが潰れたような声を出した。そして失礼なことをいわれたことはスルーして、ゆっくりと見上げてにっこり「何か用ですか?」と続ける。
今日も一糸乱れずきちんと整えられた服装で、口さえ開かなければ各所から素敵だともてはやされそうな容貌。重ねる、口さえ開かなければ完璧な私の上司は綺麗な長い指を眼鏡の中央に添えて、軽く首を傾ける。
「―― ……用? そうですね。仕事は山のようにありますが貴方に出来ることはないのでふらふらしていてください」
―― ……このうさぎめっ!
うさぎのクセに愛らしさの欠片もない口利きに私は心の中だけで毒を吐く。頬が引きつるのを堪えて「そうですね」と頷くと今度はルイさんが気持ち悪そうに眉をひそめた。
「本当に何かあたったんですか?」
「どうしてですか?」
「何というか、いつもと反応が微妙に違うような……」
いい掛けてルイさんは、まぁ変なのはいつものことなので良いですと締め括った。このうさぎ絶対次に獣に戻ったときは両耳がっちり掴んでぶんぶん振り回してやるんだからっ!
でも私は鍵を拾ったことをきっかけに、我慢ゲージが高くなった。きっとそのうち困り果てるに違いないという淡い期待が私を優しくさせる。
「この書類とこの書類、簡単なミスがあります。直してください。こちらは一桁数字が間違っています。直してください。こちらは形式が間違っています。直してください」
―― ……私って自分で思っている以上に無能なんじゃないかと思う。
腕の中は直ぐにルイさんからつき返された書類が束になる。
「全くユーナが携わると全て二度手間になりますね」
そう思うなら、やらせなきゃ良いのに。
「そういえば新たな落人の話を聞きましたか?」
「知ってます。馬族の方々のところのユキノさんと竜族の方々のところへカナさん、でしたよね」
心底羨ましそうに「優秀らしいですねぇ」と零す。私は思わず眉が寄るのを我慢して「すみません」と腰を折る。そして私は応接セットを陣取って書類を広げると、黙々と訂正作業を続ける。室内にはお互いにペンを走らせる音しか聞こえない。
とんとんっと修正したところをもう一度確認してから、ルイさんの机に運ぶと珍しく机についた肘の先へ頭を擡げて転寝していた。
こういうとき起こして良いのか悪いのか迷う。起こさないと時間がないのにと怒られそうだし、起こしても折角束の間の休息をとっていたのにと怒られそうだ。
まぁ、どっちにしても怒られるなら、そのままにしといてあげようか。
そう思い至って私はそっと机の端っこに書類を積んでペーパーウエイトで押さえると、先程まで作業していた場所に戻り、ほっと一息。