第六話
「ユーナ」
廊下でフィズに呼び止められた。愛らしい長い耳を揺らして駆け寄ってくるフィズが追いつくのを待ってから並んで歩き始める。
「最近働き詰めなんじゃない?」
「ルイさんが休まないのに私だけが休めないよ。役に立たないから休んで構わないっていわれるけどさ」
今日の予定で必要になるだろう書類を抱えていた私は、軽くそれを持ち上げて口角を引き上げる。フィズは仕方ないなという風に微笑んで、なるほどと頷いた。
「ユーナ! 早く行きますよ。……っと、フィズ、丁度良いところに、直ぐに派遣できそうな人員を三名用意して置いてください。戻ってから誘導しますから」
「承知いたしました」
流れるような所作で腰を折ったフィズにルイさんは頷くと、早くと私の手をぐいっと引っ張った。私はそれに釣られて駆け出す。
私は結局許された鍵は手に取らなかった。
きっとどの国に行ったとしても、こんな中途半端な私の居場所なんて、ここ以外にないのだと知ることになるだけだと思ったし、住めば都とはいったもので、最近はルイさんの嫌味も愚痴も気にならなくなった。
ただ……
「髪が乱れてますよ」
塔に入り扉の前でそっとルイさんの長い指が私の髪を撫で、耳元で囁かれる。
「じ、自分で直します!」
最近はセクハラが酷くなったような気がする……。
一日の仕事が終わって、自室に戻った私は机の奥底に沈んでしまっていた手紙を引っ張り出す。
ここで愚痴ばかりを零していた頃の自分の手紙に緩く笑みが浮かぶ。
私は、その手紙を机の上にそっと広げると脇に避けてあったインク瓶を寄せてきてペンに浸すと最後の数行を私は塗りつぶして書き直した。
お父さん、お母さん、どうか探さないで下さい。悲しまないで下さい。
今私は、普通じゃない世界でそれなりに頑張って生活しています。
私が居ないと寂しくて死んじゃう可愛い眼鏡うさぎと一緒に……。
平凡こそが全てだった夕菜より
ことんっとペン立てにペンを戻して、丁寧に紙を半分に折り畳むと私は届くはずのない手紙を封筒に入れむこうでは縁のなかった蝋印を押す。中指に入った少し大きめの指輪は徽章の刻まれているもので、ルイさんから預かり受けたものだ。
フィズは過剰なほどの勢いでそのことに驚いていた。
私はこうやってこの世界にゆっくりと確実に馴染んでいくのだと思う。