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鬼さんと私(2)

「恵方はどっちですか」

「北北西です」


 答えれば、少しだけ椅子を回してぱくり。


 そんなに怒っていないのかもしれない。

 ユーナはその様子に、ほっと胸を撫で下ろし、今日町で買ってきたばかりのお茶を封切った。

 やっぱり日本茶が合うと思ったけれど、そのものはなかったから、香りと見た目、味が似たものを選んできた。こんな感じと説明すると、料理長がそれならと連れて行ってくれたのだけど、置いてある種類が多すぎてユーナにはさっぱり。


 そのときのことを思い出すと、自分の勉強不足にちょっと落ち込みユーナの溜息が零れた。それとほぼ同時に「そうそう」とルイが声を出すので、身構える。


「今少し人数が足りません。明日から暫らく仕事に入って置いてください」

「え、はい。分かりました」


 珍しい。

 残念なユーナは素直にそう思い、僅かな喜色を浮かべる。余程のことでないと自分を仕事で使ってもらうことがなくなってきていたので、仕事でルイの隣りに立てることはかなり嬉しかった。

 ああ。やっぱり豆まき程度のことで腹を立てるほど大人気ない人ではないのだなと、胸を撫で下ろしつつ


「どうぞ」


 と机に茶器を載せる。ルイはそれを両手で包み込み少し口を付けると、ほうとひと息。


「東方の茶ですか? 常備しているものじゃないですね。わざわざ買いに?」

「恵方巻きの材料を買いだしに行くのに付いていって、一緒に買ってもらいました」

「なるほど。鬼退治のね」


 静かにそう告げられて、ユーナはぎくりと肩を強張らせる。


「え、ええと、それはですね。その、えーっと、元の世界では大人が大抵鬼のお面を被って鬼役を……」


 結局子どもたちはほぼ無差別に大人を襲っていた。

 ほぼ全員笑って付き合ってくれたのだけど、ここに大人気ない大人が一人居る――何度同じ目にあっても忘れがちだ。飴を渡したあとは鞭を忘れない人だ。


「小さきものたちが元気なのは良いことですね」

「そ! そうですよねっ!」


 勢い良く頷いたユーナに、ルイもにっこり。眼鏡がキラリ。

 え…… ――


「そして、貴方は日常的に僕のことを『鬼』だの『鬼畜』だのと零しているんですね」


 重ねてにこり。

 ユーナの動きは完全に止まった。


「それとも、皆がそういっているのでしょうか?」


 憂いを帯びた声でそういって、ふと目を伏せる姿に、ユーナは慌てて重ねる。


「まさかっ! 私がっ」

「私が?」


 ―― ……あ、あれ?


 にっこり、口元は微笑んでいるが眼鏡の加減で瞳の表情が窺えないぶんいつもながら空恐ろしい。


「あ、いや、その、えーっと」


 堕ちた。今更焦っても遅い。


「まだ、貴方は僕のことをそんな風に思っているんですね。とても残念です」


 くるりと椅子を回して窓の外の茜色の空を見上げて、ぽつり。

 うさぎは寂しいと死んじゃう! 反射的なものだと思う。反射的にそう脳裏に思い浮かんだユーナはわたわたと「違うんです」「そうじゃなくって」と慌てて机を回って、隣に立つとなんとか弁明しようと必死だ。


「愚痴っていうわけじゃなくって、その、えーと、その、だから、ああ、多分、あれ、あれですよ。ほら、愛情の裏返しというか、その、好きな人には意地悪しちゃう的なー」

「ああ、それなら良く分かります」


 声色も表情もとても穏やかで落ち着いて見える、それなのに「ですよね」と彼を見たユーナは、動きを止めた。


 気が付いたら手を掴れている。

 そして、そのままぐいっと腕を引かれて、腰を取られ膝の上に抱え込まれてしまった。


 椅子が元の向きに戻って、ルイの頭越しに赤と藍色がないまぜになってきた空が見える。

 一番星が煌く時間だ。


「苛めたくなりますよね?」

「なりませんっ!」


 腕を突っ張って、ルイの胸を押せば、とんっと腰辺りに、机の端があたり無機質な冷たさにじわりと背筋が凍る。


「それは愛情が足りないんじゃないですか?」

「そういう問題ではなくてっ」

「今、そういったばかりでしょう」

「だ、だから、そういう意味じゃ、ちょ、何しなっとボタンを外しちゃうんですか!」


 ユーナの抗議を完全に無視して、開いた首筋に軽く歯を立てて「邪魔だからですよ」と噛み付く。


「っあ、痛っ……じゃ、邪魔って、だから、まだ、あかる……」


 そのまま強く吸われて、突っぱねる腕の力が弱くなってしまうと、ルイの上着の襟をきゅっと掴んでいるのがやっとだ。そのままルイがひざをあげ、僅かに椅子から腰を上げると机上に押し倒されてしまった。

 かつんっと当たった肘がお茶の残った茶器を倒す。


「直ぐに暗くなります。鬼が、出る時間ですよ」

「貴方はうさぎですっ! うさぎですよっ!」

「ん、聞こえません」


 その長い耳は飾りですかっ! って今出てなかったっ!


 じたばたと暴れても、無力。

 あっさりと両手を掴まえられ頭上で囚われると、身動き一つ取れない。鎖骨の上をかぷりと食まれ、歯列がなぞっていくとぞくぞくと甘い疼きが生まれる。慣れというか反射というか、素直に反応してしまう身体が憎い。


「……ん、っ」

「は……ぁん、……」


 はぁ、と唇の端から熱い息が漏れると、それを吸い込んでしまうように口付けられる。

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