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兎の世界にとりっぷ!  作者: 汐井サラサ
番外編:クリスマスプレゼント
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(4)

「実は物質的なプレゼントも用意してあります。是非ともこれを使ってください。これを使うしか道はありません」

「―― ……」


 睨まないで。ごめんなさい。本当すみません。

 心で盛大に謝りつつ私は胸元から長方形の箱を取りだし、さぁさぁと手渡した。


 半ば諦めたという風に、ルイさんはぎっと背もたれに体重を預けて、私のほうへと椅子を回すと手に取って、するりとリボンをとき包みを解いていく。


 中身はもちろん、筆記具。

 万年筆だ。

 軸の木目が美しく留め具の金細工が繊細で、ルイさんに似合うと思って購入してみた。


「奮発しましたね?」

「はい! 奮発しました」


 ものを見れば直ぐに価値が分かる人だから、何か贈るのは物凄い緊張するし度胸が必要なんですよ? それ、分かってくださいね。


 気に入ったかな? どうだろう? という好奇の目を向けている私を見ることなく、はぁ、と溜息。

 アクセサリーなどを入れてあるような化粧ケースから丁寧に取り出して、くるくると軸を回し使えるようにしていく。


「時々、ユーナは僕の予想の斜め上を走りますよね」

「う、ごめんなさい……」

「謝るくらいなら最初から無茶しないでください」


 どうやら、あのペンも相当なお気に入りだったらしい。物凄く不愉快そうだ。


「……い、今からでも回収して」

「馬鹿をいわないでください。そんな必要ありません」

「で、でも」

「―― ……別に、これでも書く分には申し分ないでしょう」


 はあ、無茶をするんじゃなかったな。

 浮き足立った気持ちが一気に萎えた。


 まあ、今回は私が悪いんだけど……。


「ごめんなさい、プレゼント探して回っているときに、ルイさんに似合うと思っただけだったんです……ただ、渡したんじゃ直ぐに使ってくれないような気がしたから……」

「なるほど、クリスマスとやらに、仕事ばかりしている恋人へのあてつけですか?」

「まさかっ!」


 俯きかけた顔を慌ててあげて否定したけど、ルイさんはことりと手にしていた万年筆を机上において「そうとしか取れません」と眼鏡越しの瞳を細めた。

 感情が読み取れなくて、すぅっと胸の奥が冷えていく。


 そんなつもり全然なかったのに。


 仕事仕事なのはいつものことだし、最初から夜中の数時間しか取れないと明言されていたんだから、本当にそんなつもりなくて……あまりにも予想外のルイさんの反応にキリキリと胸が痛む。

 かぁっと瞼の裏が熱くなって慌てて俯いてきゅっと唇を噛み締めた。


 泣きそうだ。

 駄目だ。泣いちゃ駄目。


 俯いたまま逡巡して、慌てて部屋を出ようと足を一歩引くと、ぐっ! っと手首を掴まえられた。


 え? と顔を上げれば私の手を取ってルイさんは立ち上がった。


「僕も色々考えたんですけどね」


 今。と付け加えられて、今ね……とちょっとだけ冷静になる。


「ここは、ユーナと同じ贈り物をするべきなのかなと……」

「え?」

「僕の貴重な時間を貴方に捧げるべき、なんでしょうね?」


 つっと歩み寄られて思わず同じだけ引いてしまった。


「どうして逃げるんですか?」

「あ、いえ、なんとなく……」


 再び下がる。

 けれど、窓際までそんなに距離があるわけじゃない。


 とふっと纏められたカーテンに受け止められてしまった。

 そのままルイさんは空いた手を窓の桟に掛け、腕の中に私を閉じ込めてしまう。


 強調された、貴重な時間。

 押し付けがましいというか、なんというか……正直、のしつけて返品したい勢いの物言いに感じるけど、でも……暇人の私なんかに比べれば、彼にとって時間は本当に貴重なもののはずだ。


「でも……」


 と腕の中から顔を上げれば、そのまま、ちゅっと口付けられ離れる瞬間つっと唇の上を舌が這った。

 ぞくりと胸を燻る感覚に、ふわぁっと身体の熱が上がる。


 飲み込まれた私の台詞の変わりにルイさんがゆっくりと口を開く。


「……このところ年末の忙しさに追われて、じっくり味わう暇がありませんでした」


 そう、だったかな? 私的には疑問だ。

 確かに私が起きてるときには居ないけど、大抵夜中に起こされる。

 そんなことを考えていたら、ずいっと僅かに空いていた距離も詰められて密着される。


「あ、あの、怒ってます?」

「どうして? どうして僕が怒っていると思うんですか?」


 問い直すってことは怒ってないんだよね……怒ってなくてこれってことは……私、またルイさんのエスっ気に火をつけてしまったかもしれない。

 本当に……スイッチがどこにあるか教えてください。お願いします……。


「僕のことしか考えられない貴方が愛しいです」


 眼鏡の奥で細められる瞳が妖艶な色を移す。

 ちょっぴり恐くて、とても艶っぽい瞳。こんな色に囚われては誰も逃れられないような気がする。


「あ、え、と、その……」

「なんですか? いいたいことはいったほうが良いですよ」


 手首は解放されたのに、逃げ出すことも出来ない。

 ―― ……完全に囚われてしまった。

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