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兎の世界にとりっぷ!  作者: 汐井サラサ
番外編:クリスマスプレゼント
54/59

(3)

「ユーナ、さん」

「え、あ、はい!」

「―― ……これ、も、お持ち、ください……」


 裏から屋敷に入ったところで料理長に呼び止められた。


「あ、ありがとうございます」

「はぃ、メリー、クリス、マス」

「私も! 私も貴方の幸せを願います」


 嬉しくて、ふわふわと胸が温かくなった。

 普段、私のことなんて気にも掛けていないような感じなのに、料理長まで気に掛けてくれていて、そして、計らいしてくれて。


 凄く凄く嬉しい。

 もう一度、ありがとうを重ねて私は急いだ。


 ―― ……コンコン


 この扉のノッカーはいつ叩いても緊張する。


「どうぞ」


 そして、いつも通り抑揚のない冷めた返事が返ってくる。

 静かにその扉を開いて踏み入れば、大きな書斎机に山と積まれた書類に目を通している最中だった。


「誘いに来ても、僕はまだ無理ですよ」


 私の顔を見ることもなく、入室してきたのが私だと分かったのだろう。

 忙しなくペン先を動かしながらそういったルイさんに、私は「分かってます」と頷いた。


 その答えが意外だったのか、ぴたりと手を止めて顔をあげ、つっと左手の中指で眼鏡の位置を上げる。


「いわば、貴方が主催者でしょう? その場にいなくてどうするんですか?」


 ほんの少しだけ厳しい物言い。

 仕事関係のときと同じものだ。責任と義務に彼はうるさい。


「ルイさんといます」

「は?」

「主催者? とまでは行かなくても言いだしっぺだし、あの場はとても賑わっているし楽しいです。居るべきなのかもしれないですけど、」


 ちらと、ルイさんが背にしていた窓の外を見る。

 ここからはよく庭が見えるから、明かりの明滅、みんなの楽しげな声が響く。


「でも、私はここに居ます。ルイさんと一緒に……」

「邪魔なので庭に居て結構ですよ」

「嫌です。これ、私からのプレゼントです」


 にこりと告げれば、ルイさんは意味が分からないというように、困惑した表情を見せた。これは彼の予想外の展開だったようだ。

 その証拠のようにひょこりと生えてきた耳が、もっと良く聞こうとするようにぴこぴこと動く。


 なんだか嬉しい。というか、可愛い。

 私は視線釘付けになりそうなのを堪えて、続きを口にした。


「私の貴重な時間をルイさんに差し上げます。大体、私……ルイさんがあんなことをいうから、あれからずーーーーーっと寝ても覚めてもルイさんのことばかり考えていました。貴方に時間を奪われたも同然です」


 きっぱりと告げれば、ルイさんの口角が、ふ……っと引き上げられる。


「何でも持っているルイさんでも、持っている時間はみんなと一緒です。だから、私の大切な時間、貴方に差し上げます」


 乾杯しましょう? と料理長に渡されたシャンパンとグラスを持ち上げた。

 何もいわないということは了承という意味にとって、グラスを机の隅に置き、シャンパンに手を掛けた。


 えーっとどうやって開けるんだっけ。


 刹那迷えば、すっと手の中から瓶がなくなってしまう。

 その先を追えば、立ち上がったルイさんが胸元のハンカチをするりと抜いて、くぽんっとあっさりコルクを抜いてしまった。愛らしいうさぎ耳が消えてしまっている。なんて勿体無い……。


 そして、慣れた手つきで綺麗な長い指がグラスを二つ持ち上げて、器用に柔らかな気泡を立てる薄桃色の液体を注いでいく。

 両方が同じだけ満たされると、瓶を置きグラスを一つ手渡してくれた。


 それを受け取っても、良かったのか悪かったのか測りかねてルイさんを見上げる。


 しかし、静かに寄せられるグラスに私も合わせて持ち上げると、チンッと可愛らしい音が鳴った。


「I wish you a Merry Christmas.」

「―― ……ぇ、あ、」


 こんなところで流暢な英語を耳にすることになるとは思わなかったから、思わず上手く声を出すことが出来なかった。

 わたわたとしたそんな私を見てルイさんは満足そうに微笑むと、グラスの中身をこくんっと飲み干す。


 ルイさんのグラスが空になるのに、慌てて私もぐいっと飲み干した。


「め、めりー、くりすます……」


 なぜ私の方が、ひらがな調なんだ……く、屈辱的。


「ふふ、良い飲みっぷりですね」

「あ、あのですね!」

「折角時間をいただいたわけですから、手伝いますか? それとも、終わるまで」

「是非手伝わせてください」


 続く言葉が純粋に恐かった。


 ―― …… ――


 クリスマスに恋人と二人で仕事って、本当、何やってんですか? 状態だけど、珍しく本格的に仕事も手伝わせてもらっているし、二人きりだし。

 そんなに悪くないと思う。


 チェックを頼まれた書類を照らし合わせながらそんなことを考える。

 それと同時に、パキンと、小さくペン先が紙を弾く音がした。私はその音に反射的に立ち上がる。


「ペン先駄目になりました? なりましたよね?」

「は? え、ええ、まあ。直ぐに予備が」

「ありません」

「は?」


 にこにことルイさんの机に歩み寄り隣りに回り込む。


「ぜーんぶ、他の人にあげました」


 なんだと? というように、ルイさんの温度が下がった。

 恐いから、やめてください。室内温度操ったり、眼鏡の反射操ったり半端ないですから。


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