表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兎の世界にとりっぷ!  作者: 汐井サラサ
兎の世界に根付くとき
50/59

第十一話(終)

 私の誓いに目の前の赤は細められて私の姿は硝子に映るだけだ。ようやく解放された左腕は、ぽすりとベッドの上に落ち、それと同時に抱き締められた。ゆったり、やんわりと労わるように抱きとめられると、むず痒い。一応、愛されているのだろうと感じることが出来る。感じることが出来る、から……


「ねぇ、ルイさん」

「はい?」


 耳元に響く甘い声。私を欲しがってくれているときの声だと分かる。


「―― ……頑張らなくて良いので、少しだけ、触れて欲しいです」

「難しいことを、いいますね?」

「難しいこと、嫌いじゃないですよ、ね?」


 笑って零れる吐息が熱い。


「ええ、寧ろ、大好きです」


 いって微笑まれ、私はまたルイさんの何かに火をつけてしまった。ねっとりと首筋を舌が這い、消えかけていた赤い痣を再び濃く色付ける。


「ロナ……なんといったか、想像つきますか?」


 ぷちぷちとボタンを外しつつ、ルイさんは何か面白いことでも思い出したように、そう問い掛けて露わになった肌を食む。

 私は、ルイさんの柔らかい髪を梳きながら、じわりと湧いてくる熱を堪え考えた。


「んー、ロナさんのことだから、相当慌ててくれたと思うので、倒れたとか、死んじゃったとか?」


 不吉なこといいますね? と、胸元から顔をあげて眉を寄せられても、聞いたのはあんたでしょうが。


「僕が、ユーナを殺したと騒ぎ立てられました……」

「ころ……っ」


 ロナさん……なんとも大胆だ。というか飛躍しすぎだ。

 しかも、商談中。

 有り得ない。この穴は大きい。


 ど、どうしよう。

 やっぱり責任取れとかいわれたら……というか、どこの国でそんな馬鹿騒ぎを起こしたんだろう。他の落人さんがたの耳に入ってしまったら、いろんな意味で申し訳ない気がする。それになにより……


 恥ずかし過ぎる。

 申し訳なさ過ぎる。

 吃驚過ぎる。


 驚きに起き上がり否定しようとしたら、引き戻される。 


「あれは相当な衝撃でした」


 ユーナには分からないでしょうね。といって抱き締められる。

 もし、ルイさんが死んだら? しかも私のせいで? いや、私のためや私のせいで死んでしまうようなルイさんは想像できない。確かに分からないかもしれない。

 でも、うさぎは寂しいと死ぬって、いや、いやいや、本人もロナさんも全否定だったし、フィズならまだしも――料理長なんて、こんなもの食えるかっ! とかって、もし怒られたらそれだけでショック死しそうだけど――それに何より、そこまで寂しがってもらえるかどうか……。

 ぐるぐるぐるぐる、いろんなことを考えてしまい、頭の中が渦巻いて混乱する。


「でも、僕もユーナの痛みが分からなかった。自分の痛みだけで手一杯に……格好悪い……」


 抱き締めた腕に力を込めたが、ルイさんは、ぴくりと肩を強張らせて直ぐに解いた。そして、耳に届くか届かないかの小さな声で「優しく……」と呟き、力加減を図っていることに気がついて、物凄く可笑しかった。

 久しぶりに見た。ルイさんの弱さ。格好悪いなんて思わない。むしろ大歓迎だ。

 笑いそうになるを堪えて、私はルイさんを強く抱き返し「大丈夫ですよ」と笑った。もぞりと私の腕の中から顔をあげたルイさんの耳がぴょんっと跳ねる。


「大丈夫です。抱き締められたくらいでどうにかなったりしないと思います」

「べ、別にそんな心配してないです。僕はただ……、そう! 眼鏡が邪魔になると思っただけです」


 どうしよう、面白い。珍しくルイさんがうさぎらしく見えた。

 ふふっと笑みを零してしまった私を、ルイさんは面白くなさそうに見て、本当に邪魔になるだろう眼鏡を外した。

 そして、仕切りなおしというように重ねられた口付けは柔らかく、甘かった。キスの合間に、薄っすらと瞳を開けると、ルイさんの首に腕を絡めた先に、包帯が目に入る。


 ―― ……助かった。


 反射的にそう思ってしまったこと。当たり前だと痛感する。私はルイさんと離れたくなかっただけなのに、勝手にもっとずっと離れてしまうところだった。

 それは、とても愚かで、とても恐いことだ。


 生きてて良かった。

 新しい命を摘むことにならなくて良かった。


 ゆっくりと瞼を落とすと、目尻から、つぅっと涙が零れた。泣くつもりなんてなかったのに……。ちゅっと目尻に堪った涙を拭われ、瞼に口付けられた。

 優しいとか、柔らかいとか無縁の人だと思っていたのに、その後も私に触れる手はとても柔らかかった。



 * * * 



 ぼやんっとルイさんの腕のなかで微睡んでいると、ふと、ルイさんが「そういえば」と口にする。


「何匹生まれるか分かりませんけど、雌が多いと良いですね」

「雌って……せめて女の子といってください。でも、どうしてですか? それに双子以上決定?」

「うさぎなんですよ? 一人っ子のわけないじゃないですか。それに、雄は鬱陶しいでしょう? ユーナの周りをうろつくなんて。きっと、僕、苛々します」


 大人気なさすぎる、宣言だ。

 そして、やっぱり私が出すのはうさぎなのか。


 うーん……まぁ、だったら小さいだろうし、鼻からスイカとか噂されるお産も楽で良いかも知れない。って私、どこまで柔軟になるんだろう。


 ―― ……そして、私は結局勉強不足だったのだ。やっぱりまだまだルイさんの、本心が分からなかった。

 家主がぷち家出。

 ちょっと可愛いじゃないか。と、思ってしまった私は立ち直りが早すぎる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ