第五話
「新しい職探しでもしたらどうですか? 休暇を差し上げますから、その間に次の場所を探せば良い」
ご自由にどうぞ。と、続けてルイさんは腰にじゃらりとぶら下がっていた鍵を、ローテーブルの上に置いて、どうぞと私がテーブルに載せた紅茶を一息にあおった。
うさぎ舌とかないのかな? といつも思う。
「ユーナは紅茶の淹れ方だけは上手ですね。きっと他でも喜ばれるでしょう」
ふわぁ。と、本当に珍しく大きな欠伸をしてルイさんは眼鏡を外し鍵の隣に置き、本当に本当に珍しく、ふわりと柔らかな光と共にうさぎの姿に戻ってソファの上で目を閉じた。
私は、私はといえば……どういうわけか、頬が熱持っていたことに戸惑っていた。
初めて褒められた。
「―― ……」
私はルイさんの隣に腰を降ろして、ルイさんと鍵を交互に見る。
あの鍵があれば、今すぐにでもこの場所からは解放される。訳を話せばきっとリンちゃんだってナミちゃんだってリナさんだってナナちゃんだって……メイちゃんだって、きっときっと……。
そう思いつつ、もう一度ちらりとルイさんを見る。ひくひくと鼻先が動いたけど起きた様子はない。おそるおそる手を伸ばして、そっと頭に手を乗せると
ふわっ、柔らかい、暖かいっ!
ていうか、気持ち良いっ! 何この小動物っ!
白い毛並みが私が撫で付けるのにあわせて光を泳がせる。
抱っことかしたら普通に起きるよね? 駄目だよね。起きたら絶対、冷徹ビームとか出るよね? 私はうずうずとする気持ちを抑えて、ルイさんが居るのとは反対側に倒れこむとばしばしと肘掛を叩いた。
可愛い。うさぎ可愛い。絶対可愛い。
私が悶える音に長い耳がひくりと反応して、ぴるぴるっと震えるとまたぱたんっと後ろへとへばりついた。
ちょー! もうっ! 可愛いんですけど!
「本当の本当にずっとこれで居れば良いのに……」
そうすればきっと憎まれ口叩いてももっと可愛い。もっと愛せると思う。
「いやいやいや、そういう愛じゃなくて」
自分の台詞に全否定する。
「―― ……うるさい。静かにしてください……部屋を出たら、誰にも入らないように伝えてください……僕は今、人型を保つのが面倒なほど疲れてます」
私の独り言に気分を害したルイさんは、頭を少しだけ持ち上げてそれだけ告げると再びお上品に揃えて置かれた前足の上に顎を乗せて目を閉じた。
「そういえば、ルイさん。私を探してたって……」
「お茶が飲みたくなっただけです」
目も開けられることなく告げられる。
「私が居なくなったら誰が淹れるんですか?」
「自分で淹れます。ユーナが来るまではそうしていましたから」
「こんなに人(兎)が居るのに?」
「周りを他人にうろうろされるのは嫌なんです」
質問を重ねた私に、もう! うるさいですよ! とルイさんが身体を起こすと私はひょいと捕まえた。「ちょっ!」と少し暴れられたけど、引っかかれたり噛まれたりはしなかった。
むぎゅっと抱き締めたら、相当焦っている感じがしたが急に人型に戻ったりはしなかった。短い前足を私の肩に乗せてその上に頭を乗っけて、ふんっと息を吐くに留まる。
「うさぎは寂しいと死んじゃうって本当ですか?」
「は? 僕が死ぬと思いますか?」
―― ……殺しても死ななさそうです。
私が考えたことが想像ついたのかルイさんは鼻で笑うと「―― ……でも」と続ける。
「寂しいなんて感じたことないので、本当はどうなのか分かりません。ユーナが居なくなれば、その答えが見付かり、ます、ね……」
「―― ……え?」
予想外に重ねられた言葉に、私は体からルイさんを引き離したが、もうだらんっとしてしまったルイさんは本当に眠ってしまったようだ。私は言及を諦めてもう一度ルイさんを抱き締める。
「……つまり、それはここに居て欲しいってことですよねぇ?」
ぽつ、と零した私の問いかけに答える代わりにルイさんの長い耳が私の頬をふわふわりと撫でていった。