第九話
* * *
「―― ……えーっと、これは飲み物?」
「貴方が淹れるよりましです。というかこれはこういうものです。……多分。説明にはそう書いてありますよ?」
ちっちゃな湯飲みを私に握らせて、不満を零した私に、ルイさんは眉を寄せつつも茶葉が入っていた缶を取り上げ、説明書きに目を通している。
煎じてもらったものは、一言でいうなら『黒い』だ。葛湯のようなとろみもある。香りだけは、清涼感のある香りがする。
うん、マシだけど見た目と全くあってなくて逆にイタイ。
「……蒸す時間も間違えていませんし……茶葉の量も間違いないです……やはり、そういうもので……」
ぶつぶついっているルイさんの声を聞きながら、ちびりと口に付ける。
苦い。
見た目通りの味だ。
「吐きそうなほど苦いですけど」
「良薬というのは苦いものです」
そういわれては、次がない。
仕方なく私は呷った。それと同時に「あっ!」とルイさんが声を上げる。出しちゃ駄目と一息に飲み込んだら、咽た。げほっげほっ! と、咳き込む私の背中を珍しく傍に腰掛けて擦ってくれる。
「一息に飲むからですよ」
「っげほ……ち、び、ちび飲めるような、ものじゃないです。で、あ! ってなんです?」
「ん? ああ、ちょっとしたミスです。急須が小さかった。濃縮三倍ってところですね。まあ、薄いより良いのではないですか?」
「―― ……他人事だと思って」
適当過ぎる。適当過ぎて、イラつく。
私、変だな……ルイさんはいつも通りだ。いつも通りなのにどうしてこんなに苛々するんだろう。
そっと、手の中から湯飲みをさげて、ルイさんが「他人事?」と、涼やかに笑う。
「そんなこと思っていませんよ? 滅多に扱わないので、少し間違えただけです。でも、次は気をつけます」
「……また、淹れてくれるんですか?」
「毎日淹れます」
何故? 素直にルイさんの好意――か、どうか妖しすぎるから、だけど――を受け取れない私って、やっぱり相当追い詰められていたと思うんだけど。もしかして、新手の嫌がらせか?
私の怪訝な表情をよんだのか、ルイさんは、細く長い溜息を吐いた。造形が整っているせいでそんな仕草すら、悩ましげであり、優麗だ。苛々していたくせに、とくんっと心が跳ねて、身体が暖かくなる。好きって気持ちは、やっぱり物凄く厄介だ。
「まだ、気がつけないんですか?」
ルイさんの呆れたような台詞に、何に? と首を傾げた。そんな私の様子にルイさんは、溜息を重ねて一人納得したようだ。
「そうでした。ユーナは僕のことしか考えてないんですよね」
―― ……う。
普通に自惚れすぎな台詞だけど、その通りだから否定しない。
「因みに、僕もユーナのことしか考えていません。もしかして、だから僕らはある意味平行線なんでしょうか? なかなか難しい……いや、奥が深い」
「早くいってください」
この人の悪い癖だ。頭が良いせいなのか、一度にいろんなことを考えようと話するから、あまり前に向いて進まない。商談などは前もって何パターンも用意してあるので、そんなボロ出したりはしない。そのあたりは普通に勤勉で仕事熱心だと思う。ルイさんが評価されて当然のところだ。
でも今は、それでは困る。急かせば「ああ」と話を戻してくれた。
「情緒が不安定でしょう?」
それはルイさんが振り回すからだ。
「口が変わったでしょう?」
それは食欲がなかったせいだ。
「遅れているでしょう?」
それは……それ、は……んー?
「あ」
いわれてみれば、なんかもういっぱいいっぱいで忘れてた。もうとっくにきてるはずなのに……。反射的に、お腹に手を置いてしまう。まだ、何も分からない……分からないからって……本当に私、ルイさんのことしか考えてない……。
「さっき確認も取れたので間違いではないと思いますよ?」
良かったですね。と、微笑んで頬にキスをする。
「ユーナの悩みが一つ解決しましたね?」
「え、あ……ぇ?」
驚き呆けている私の頬や瞼、額……にやわやわと口付けられる。くす、くすぐったい……。
「落ち着くまで、頑張ってはいけないといわれたんですよ……」
「えー……っと?」
「頑張らない程度なら、問題ないですかね? ユーナは直ぐにイってしまうので……」
「ちょ、ちょ、ちょっと、ルイ、さん」
ふんわりとベッドに倒されて、大きく瞬きをした私に、ルイさんは首を傾げたあと、もう一度キスの雨を降らせた。