第八話
「じゃあ、ここ数日何していたんですか?」
「仕事です」
間髪居れずに返された。そういえば、さっき商談中にロナさんに乱入されたっていってたよね。
折角私が納得したのに、そのあと「あ」と思い出したように声を上げて「それと野暮用です」と重ねる。不要なことまで意思疎通しようとしなくて良い。
「別に他のうさぎにはしっていたわけではないです」
……うさぎ……
そういってしまうと、なんか緊張感が全くない。
うさぎ、うさぎ、耳が長くてふわふわもこもこで超きゅーと。数匹固まってたら堪らないふわふわ感だ。
……あまり、嫉妬心の湧く図じゃない。寧ろその輪に入りたい。
「でも、戻らなかったじゃないですか、屋敷に帰りもしないで、ずっと仕事?」
「町に出れば宿に困ることはないです」
「やっぱり、疚しいことが……」
なんか夫婦っぽい会話だ。
「ですから、他のうさぎをはべらせたりしていません。といっているのに」
うさぎをはべらせる。うさぎがたくさん。うさぎのダンス。
なんて緊張感のない図だろう。そして、笑いを呼ぶ図だ。うさぎが可愛すぎる生き物なのが悪い。
俯いて笑いを堪える。
場にそぐわない。そぐわないけど、私の脳内うさぎがダンス中だ。肩が揺れてしまったかもしれない。そんな私の様子を勘違いしたのだろう。ルイさんが困ったような声で「ユーナ?」と不安げに呼びかけてくる。
「だから、傷付いたといったじゃないですか……だから、ちょっと……」
ちょっと、なんだろう。もしかして、私は放置されていた? えぇっと、こういうのは放置プレイ? というの? いや、違う、放置している状態を、眺めて楽しむのが、そういうもののハズで……ルイさんは屋敷を出ていた。
「いゃ、あー、その……悪かった、と、思っています……」
ルイさんの殊勝な態度に、笑いが引っ込んで困惑していた私から、ふぃっと目を逸らして、ごにょごにょと謝罪する。相変わらず、眼鏡のせいでその表情は読み難いけれど、動揺にぴょこんと出てきたうさぎ耳が後ろに垂れて、しゅーんっとなってる。よく分からないが、相当、ロナさん――いや、フィズかもしれない――いわれた何かがきつかったのだろうか?
「ああ、あと、野暮用というのはこれがないかと探していたんです」
いって、ベッドの横へ、視線を投げる。釣られてみれば、目新しい茶器が置いてあった。骨董収集でも新たに始めたのだろうか? 基本的にここで使っているものは洋食器が多いがこれは和食器に、入るのかな? 中国茶とかのお店で出されるような、ころんとした可愛らしい急須と湯のみだ。珍しいとか希少価値とか高いものは好きではあるみたいだけど……でも、拘っているという感じでもないし。それに、置かれているそれが幻のなんとか……には見えない。
「器ではなくて、茶のほうです」
「……お茶?」
そのどちらにしても、ルイさんの趣味だとは思えないけど。この人本人に生活感がないせいか、特に際立った生活雑貨へのこだわりもないように思う。
「薬湯と分類されるものですから、あまり一般的な茶ではないですけど」
淹れますね。と、立ち上がりルイさんは、私が止めるのも、長いお耳には聞こえないのかさっさと部屋を出て行った。お湯を取りにいったんだと思うけど……話は最後までして出て行けよ、馬鹿うさぎ。思っても口にはしない。
でも、ぎりぎりまで掴んでいた左手が燃えるように熱い。
部屋には私一人きりになった。でも、目が覚める前までの不安はない。ルイさんはお湯を取りに席を外しただけだ。
大丈夫。
大丈夫……。
ふぅと深呼吸してベッドの上で膝を抱える。膝を支えた手首の包帯にとても申し訳ない気持ちになった。
ロナさんもわざわざ迎えに行ってくれたんだ。悪いことをしてしまった。落ち着いたら、ロナさんにもちゃんと謝りに行かないと……。
でも、ロナさんに申し訳ないと思いつつも、それに従って戻ってくれたルイさんに嬉しくなる。たとえ、引きずられてだとしても、たとえ、本意でないとしても。
絶対に嫌なら梃子でも動かない人だ。それが私のために動いてくれた。
そのうえ、心配とか、不安とか……そう、とても彼らしくない色が見え隠れしていて、その姿が物凄く奇妙で、滑稽で私の目に嬉しく映った。




