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兎の世界にとりっぷ!  作者: 汐井サラサ
兎の世界に根付くとき
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第七話

「縫うほどの傷ではなかったらしいですが、暫らくは痛いですよ」

「―― ……えっと、その、自業自得なので」

「ええ、本当に」


 いや、そこはそういったら駄目だよね? 私をどこまで追い込むんだこの人っ! 顔を見合わせて、お互いに溜息を重ねる。

 何、やってるんだろう。

 普通は、笑いあうところだけど、お互い笑えるような状態ではない。


「僕。傷付いたんです」


 ゆるゆると私の手を包み込み、その手をじっと見つめ、柔らかく撫でながらルイさんが切り出す。傷付いていたのは私だと、そう思うのだけど、どうやら、ルイさんの中では違うらしい。


「ユーナは、あっさり他の女に走れというし、そのうえ、僕を簡単に切り捨てるつもりみたいでしたし」

「えっ!」

「そういったじゃないですか」


 いや、そんな、睨まれても。

 ベッドの方が高いから丁度ルイさんと視線が同じ高さだ。同じ高さで見るルイさんは新鮮。


「そ、それは、ルイさんが気にしているみたいだったし、もし切り出せないようならと思ったんです」

「はぁ? 僕はそうしたかったら口にします。そんなこと微塵も考えていませんでした。想定外です」


 ものすんごい、眉間に皺を寄せて、不機嫌そうにそう告げられる。


「いきなりロナが商談の席に乱入してきて、人のこと殴りつけたうえに、無理矢理屋敷に引きずって戻るし」


 引きずられたんだ……。


「戻ったら戻ったで、フィズには退職願を叩きつけられ引っ叩かれるし……まあ、噛み付かれなかっただけましなのでしょうけど」


 ましなんだ。ていうか、


「え、フィズが退職っ?!」

「受け取りませんよ」


 驚いた私に直ぐに返事が返ってきてほっとした。


「突然やめるといわれても、あとが居ないと通常業務に差し支えるじゃないですか」


 いつもの調子でそう付け加えるから、もしかしなくても私も引っ叩いたほうが良いのだろうかと思いつつ右手を握り締めたところで、ルイさんは、顔を伏せ空いた手で、ぐぃっと眼鏡を押し上げて、はぁと溜息。つい、その絵になる姿に殴るタイミングを逃した。


「まあ、今回は僕の不手際だったので、どちらにしても受け取りませんけどね」


 そして、私に視線を投げると「それで?」と問い返してくる。

 急に私の話題に戻ってくるものだから、私は「あの、」「その、」とおどおどしてしまう。


「だ、だか、ら、ルイさん……変で、何か悩んでいたでしょう? だから、やっぱりそのことだと思って……もし、この先も私に無理だったらと思うと堪らなかったんです……」


 おずおずと口にすれば、ルイさんは「悩み?」と、変わらず機嫌悪そうに口にして、やや思案したあと「別に悩んでないです。気になっていただけで」と、前置いた。


「ほら、やっぱり気にしていたんでしょう! だから、私……」


 私……と、重ねれば、口元がわなわなと震える。涙が溢れそうになるのを、唇を噛み締めて堪える。その様子に、ルイさんはやっと眉間の皺を取り、はあ、と溜息。怒っているというよりは、呆れているという感じだ。

 そして、そっと伸びてきた手に思わず身体を縮めてしまった。


「っご、ごめん、なさい」

「いえ、」


 慌てて謝罪した私にルイさんは、首を振り「触れますよ?」と確認を取ってから、ふわりと私の頬を撫で「落ち着いてください」と重ねる。


「気になるといっても、ユーナのいってることとは根本的に、僕のそれと違っていると思います。かなり擦れ違っています」


 ユーナは、もう赤くないですね。と、口にして頬を包み込まれ、私はきょとんとルイさんの硝子越しの瞳を見つめた。ルイさんは、もう一度頬を撫でてから、そっと離しぽつりと続ける。


「何か違うような気がして……ですが、こういうのは女性の方が先に感じる違和感でしょう?」


 何をいわれているのか、さっぱり分からない。


 私が何を感じれば良いのだろう? 私が考えてたことなんて……ルイさんの言動だけだ。普段なら、分刻みのスケジュールだって一応は教えてもらっている――若干面倒であまり確認はしてなかったけど――知ることが出来るけど、知らないのと、全く知ることが出来なくて分からないのとでは大きく違う。

 私は別れ際が別れ際だっただけに、とても不安だった。だから、私はとても不安定になってしまっていた。

 ……それに比べたら、今は随分落ち着いている。だから、ちゃんと問い詰めることも出来る。

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