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兎の世界にとりっぷ!  作者: 汐井サラサ
兎の世界に根付くとき
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第六話

 ―― ……他所はよっぽど楽しいんだろうな。


 私、異世界にきて、ここに残ることを覚悟して、今、何やってるんだろう?


 ちらりと、テーブルの上に載せられている果物籠に添えてあるナイフに視線が走る。

 どくんっと心臓が跳ねた。歩み寄れば、綺麗に磨き上げられた刃に私の情けない姿が映り込む。こんな子、誰に愛想尽かされても仕方ない。


 でも、ルイさんは、別れなくて良いといった。

 私にここに居ても良いと……。


 でも、私は居られるかな?


 自分からいいだしたというのは、分かってる。

 いわなければ良かった。


 なんでもないと、白を切りとおしていれば良かった。そんな風に思っている自分が居る。けど、時間は戻せない。だから、文句はいわない。嫉妬だって上手に……隠せる、自信は、あまり、ない……他人に辛く当たってしまうかもしれない。今、その状況を想定しただけで喉の奥が焼けるようで、ちりちりと痛み、からからに乾く。


 そのくらいなら……。


 今なら、まだ、自分で終わりを決められる。手に取り脈打つ部分の上で引けば簡単だ。簡単に、全てから解放される。

 ゆっくりと手を伸ばし、小さなナイフの柄を握る。ひんやりとした、銀のナイフ。果物用だし、綺麗な装飾だ。

 でも、切れ味は良い。ぴんっととがった先が外からの陽光を受け、きらりと煌く。やっぱり痛いよね。痛いのちょっと、怖いな……。でも


「少しだけ……」


 少しだけなら大丈夫。少しずつ痛みに慣れていけば、大丈夫。


 つっと、左腕の内側にナイフを添え軽く引く。赤い線が引かれ、ぷっくりと赤い玉が浮き上がる。思ったより、痛くない。少しだけちりちりするだけだ。


 これなら、平気、かもしれない。

 でも、念のため、あと一回。


 今度は、さっきより深く……きゅっと目を閉じて腕に当て、冷やりとしたナイフの感触に、ごくりと喉をならし……腕に力を込めた。ぶつっと、皮膚が弾けたような音がした気がする。


 生暖かい赤が、冷たくなってしまった肌の上を滑る。


 ぽたぽたっと、絨毯に赤い染みが落ちる。床を、汚してしまった……。どこか遠いところでそんなことを考え……私は溢れる血をぼんやりと見ていた。


 刃物で負った傷は痛い。

 ずくずくと傷は直ぐに疼き始める。


 けれど、傷が痛めば痛むほど、赤が流れれば流れるほど、すぅっと心が楽になっていくような気がした。呼吸することすら苦しく感じていたのが、ほんの少しだけ楽になったような気がする。


 だから、もう少し……もう一回……そう思ってナイフを手首にあてた。そのとき……


「ユーナっ!」


 悲鳴のような声が聞こえた。顔を上げれば真っ青になったフィズが、慌てた様子で駆け寄ってくる。


 ―― ……助かった……。


 あ、あれ? 一瞬脳裏に過ぎった台詞を繰り返し、それに疑問を感じるより早く、右手を強く捕まれ、ぱんっと頬に鋭い痛みが走った。


「何、を! 何をやっているのっ!」

「―― ……別に、何、も」


 いつも可愛くて、ふわふわしてて、春の木漏れ日のようでシルバニア○ァミリーのフィズが、顔を真っ赤にして怒っている。


 そして、泣いている。

 私が泣かせた……


 急に申し訳ない気持ちが溢れてきて、現実に引き戻される。今も尚、握り締めていたナイフにちらりと視線を走らせると、自分のやったことが急に怖くなって、そのまま落としてしまった。

 主を失ったナイフは、柔からな絨毯に音もなく転がる。


 私、何やってたんだろう……何、を?


 フィズに打たれた頬よりも、ずきずきと左腕が痛んだ。


 ……凄く凄く痛くて、痛くて……


 膝に力が入らなくなった。床が私をどんどん引き寄せる。身体が重くて、立っていられない。かくんっとひざが折れると同時に目の前が真っ暗になった。



 * * *



 私は夢を見た。

 とてもとても小さなときの記憶。みんないつも優しくて、笑ってて……私はこの人たちから笑顔を奪ってしまったかもしれない。

 そして、また…… ――


「―― ……」


 ぼんやりと天井を仰ぐ。私の部屋、じゃないな……私たちの寝室、だ。一人きりで眠るのが寂しくて、ここには足を踏み入れていなかったのに……意識がハッキリしてくると、記憶もハッキリしてくる。


 全く、馬鹿なことをした。

 フィズに早く謝らなくちゃ。


 そう思って左腕に力を込めると、ずきりと鈍い痛みが走る。傷の確認に、腕を持ち上げれば、何か釣られて持ち上がった。釣られて持ち上がった先を見て、場違いなくらい奇妙な気持ちになった。


「……何やってるんですか?」


 素直に、そう思った。


「それは、僕の台詞ですけどね」


 面白くないという風に、私から視線を逃がして答える姿が、何故だか奇妙だ。奇妙に思える原因は、最後に会ったときと変わらず普通に見せているのに……


「ルイさん、ほっぺ赤いですよ?」

「放って置いてください」


 もぞりと起き上がり、ベッドサイドに引っ張り寄せた椅子に腰掛けていたルイさんを、じっと見る。ルイさんだ。

 改めて確認するまでもなく、左頬が赤い。

 黙って、その赤い頬を見つめていると、渋々といった風に口を開いた。


「―― ……ロナに殴られました」

「えっ?!」


 絶対あれはいつかのことを根に持たれてます。と、ぶつぶつ続けながら、赤くなった頬を擦った。


「因みに、フィズにも打たれました……」

「え、ええっ?!」


 あの、あの、あの、フィズがっ! どういうわけか、ルイさんを尊敬しまくっているところがある、フィズがっ!


「……え、えーっとフィズには私も、多分、打たれました」

「そう? ではお揃いですね」


 全然嬉しくないお揃いだ。


「僕らは相変わらず、意思疎通が上手くいっていないらしいです」


 どうしてでしょうねぇ……と、困惑気味に溜息を零し、握っていた私の手をそっと撫でた。大仰に真っ白な包帯が巻かれている。


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