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兎の世界にとりっぷ!  作者: 汐井サラサ
兎の世界に根付くとき
43/59

第四話

「それは、例えば……」

「禁止用語的なことは良いんです! 控えてください」


 この人、放っておくと何を口走るか分からない。それに一々過剰反応する私も悪いのだけれど、それはもう仕方ない。

 慌てて私がルイさんの台詞を遮れば、ルイさんは涼やかな瞳を細めた。人畜無害なはずのうさぎがするような表情ではとてもない。


「……いいますねぇ? ……それで、続きはなんです?」


 私はぺちゃんとベッドに座り込んだまま、すっかり身支度を整えてしまったルイさんを見上げた。覚悟を決めて切り出したはずなのに、直前で迷う。でも、今更引っ込めさせてくれるとは思えないから、ごくんっと生唾を飲み込んで話を続けた。


「その……が……」

「?」

「だから、その、……」

「ユーナ」


 早くしろといいたいのは分かる。

 分かるよ。

 ごめんなさい。


 私は益々気分が落ち込んできて、いつもは柔らかく包んでくれるベッドも、まるであり地獄のように私をずるずる飲み込んでしまうように感じる。


「子ども!」

「はぁ?」

「だから……その、私、まだ、子どもも出来ないし、その、ルイさんも、立場とか、その、色々あるだろうし……」

「ユーナがそんなに子ども好きだとは知りませんでした」


 特に大したことでもないようにそういったルイさんは肩を竦めた。そんな飄々とした態度に、益々怒気があがってしまい、私は殆ど叫ぶように口にする。


「そうじゃないですっ! そうじゃないっ! そうじゃ、ないんです……そうじゃなくて、最近、ルイさん、何か気にしているようだったし、それ、に、私、昨日聞いたんです。そのこといわれてて、困ってたじゃないですか」


 吐き出すと、ぶわっと目元が熱くなった。

 駄目だ、泣きそうだ。まずい。きゅっと唇を噛み締めて俯く。泣くな。私。


「……そんな話していましたか?」

「して、ました……」

「ですが、変な話ですね?」


 ぎっとベッドの端が沈む。

 顔を上げれば、ルイさんが腰を降ろしていた。長い足を組んでゆらゆらと揺らしながら、その先っぽを見て話を続けた。


「まあ、していたとしましょう。していたなら、どうして、僕が触れることを拒むんですか?」

「……それ、は……」


 ―― ……根に持たれた。


 これは確実に引っ張られる可能性大だ。


「だから、その……、私じゃないほうが、良いかと思ったんです……、ルイ、さん、くらい、立場のある人なら、他に、その……」

「―― ……囲えというんですね? なるほど」


 ぐさりと胸に刺さる。冷たい声。慌てて顔を上げたけど、眼鏡で影になってルイさんの表情は読めない。

 怒った? 馬鹿なことをいうなと思った? そんなこと、出来ないと……そう、思ってくれた?


「あ、あの、えっと、私に問題があるかもしれないし、その、邪魔なら、その、別れても、良いです」

「別れる? なるほど、それで、次はロナとでもくっ付きますか?」

「そんなこと」

「構いません。もう結構です。ユーナのいいたいことは分かりました。ユーナが望むならそうしましょう」

「え」

「愛人を山のように、ね」


 ぎっと沈んでいたスプリングが元に戻った。


「別れませんよ。絶対に」


 立ち上がったルイさんは、無感情に冷たくいい放つ。

 怜悧な瞳を細め、私を見下し睨みつける。


 情の欠片も感じない。


 そして、こちらを振り返ることもなく、カツカツと扉まで寄ってドアを開く。


「屋敷から、出ないように……何もしなくて構いません。買い物などでの外出も許しません」


 そういい残して、いつもより少し乱暴に扉を閉めてしまった。


 私は暫らく閉まってしまった扉をぼんやりと眺め、はらはらと頬に涙が伝うのをそのままにした。

 別れない。そういわれて少しだけ嬉しかった。

 でも、他人を厭わないんだな……。私が居ても、他人に触れることをなんとも、思わないんだな。私ではない誰かを…… ――


 自分でいいだしたことだ、だから、仕方ない。

 仕方ない……仕方、ない……。


『後継者の育成など、検討していないのですか? お子様もまだなようですし……』

『僕はまだ後継ぎを考えなくてはいけないほど、老いてはいません』

『でも、子どもの顔はみたいと思うでしょう? そろそろ』

『―― ……さぁ、どうでしょうね……』


 あの間が痛かった。

 あの沈黙が、問いを認めているようで、苦しかった。


 何度も愛されたけれど、まだ、それが実ったことはない。私が駄目だから。私が相手だから、無理なのかもしれない。私ではない、誰かなら、ルイさんの…… ――

 そう考えてしまったら、もう、止まらなかった。

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