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兎の世界にとりっぷ!  作者: 汐井サラサ
兎の世界に根付くとき
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第二話

 今夜は、ルイさん、遅いっていってたかな?


 お風呂に入って、寝る支度を整えて寝室に入ると珍しくルイさんが突っ伏していた。そぉっと足音を忍ばせて歩み寄ったのに、ルイさんにはお見通しのようで、私の手がルイさんに触れる前に掴まえられて、引っ張られた。


 ―― ……ぽすっ


 柔らかなスプリングが私を受け止める。


「良い香りがしますね……一緒に入りたかったです」


 いいつつ欠伸をかみ殺す。そして、近い距離の欠伸でふと気がついた。


「ルイさん、酔ってます?」

「少し」


 いいつつ、食べられてしまうのではないかという、深いキスが落ちてきて私まで酔いそうだ。


「―― ……っん、ぁ」


 いつもより暖かい手のひらが私の体の上を這うと、ぞくぞくとした甘い疼きが直ぐに襲ってくる。いつもなら、そのまま身を任せてしまうが、私はその手首を掴まえた。

 鼻先が触れるほど近い距離のルイさんの硝子越しの瞳が「何?」と問い掛けている。


「つ、疲れているなら、その、寝たほうが良いと思います。私は、その、我慢できますから……」


 いって恥ずかしくなる。


 親切心を装ったつもりだけど、実は、今夜はどこかそんな気分にはなれなかった。

 そんな私の深層心理を感じたのか、ルイさんは「そうですか」と、さっさと私の上から離れて、奥へ消える。シャワーでも浴びに行ったのだろう。綺麗好きなのか、いや、そうなのだろうけど、シャワーも浴びずにベッドに入るということは、まずない人だ。


 私の予想通り奥の部屋から水の音が聞こえてきた。

 私はその音を聞きながら、ベッドに潜り込む。ルイさんが戻ってくるまでに寝てしまおう。そう思って堅く瞳を閉じる。


 眠れ、眠れ……強く思えば思うほど、大抵の場合眠れないものだ。

 今もそれは例外ではなくて、私は唸って膝を抱え丸くなって、枕に頬を埋めた。


 柔らかい。

 ベッドも枕もいつもいつでも、清潔で石鹸の香りがする。優しくて暖かくて、とても癒される。


 ここも来たときから何も変わらない。


 そして、良くも悪くも、ルイさんも変わらない。

 ただの雇用主であったときも、恋人であるときも、夫となったときも、変わらない。変わっていくのは、私だけだ。


 いつも私だけが、変えられていく。

 ルイさんに振り回されて変わってしまう。


 それを、不思議に、疑問に思ったことは……ない、とはいえないけど、脱走したもんね、ここから。昔の暴走を思い出すと可笑しい。あのときのルイさんはかなりこわかった。

 うさぎ耳が角に見えた。でも、少しの怯えが見え隠れして、うさぎなんだなー、とちょっと思った。


 虚勢を張っているだけだと、そう、思えたのに。今は、彼の弱さを私が見ることはあまりない……見せてくれても良いと思う。


 いろんな意味で力不足。なのかな……う、私って、暗い。卑屈。


 そういえば、元の世界の知人の話で、三年は仕方ないっていってた。こっちにきてから、三年くらいは過ぎたかな? ちょっと細かな部分が曖昧だけど。


 私が一人で悶々としていると、ルイさんが戻ってきた。

 ぎっとベッドの端が沈み、きゅぽんっとコルクが抜かれる音がする。ルイさんが、独酌なんて珍しい。飲めない人ではないけれど、その必要がなければ飲まない人だ。

 ルイさん曰く「記憶が飛ぶと勿体無い」らしい。なんの記憶かは、この際触れない。


 やっぱり、気にしているのかな……。


 ふと、今朝方耳にした会話を思い出して、胸がきゅっと痛む。

 今日、何度と脳内再生されてきた会話を無理矢理打ち消して、ぎゅっと目を瞑りなおした。そこでようやく緩い睡魔が襲ってきてくれた。


 良かった……なんとか、眠れそうだ……。


 うとうとと微睡むと、頬を撫でられていることに意識が戻ってくる。優しく柔らかく、真綿のように……凄く、気持ちが良い。こんな風にいつもルイさんに、触れられたらきっととても幸せに感じるかもしれない。


「ユーナ……?」


 現実かと思ったけど、夢らしい。

 私の頬を撫で、髪を梳いていくルイさんの指先が優しすぎる。ルイさんの優しさは正直分かり難い。大切にしたいのか、私を壊してしまいたいのか分からない。

 そんな触れ方しかしてこない。

 人間慣れとは恐ろしいもので、そんな彼に違和感すら感じなくなってしまっていた。そのルイさんが、ただ、柔らかく撫でるだけ、をするなんて……ない、きっと、ない。


 ―― ……断言できる自分が悲しい。


 夢なら、良いや……このまま寝ちゃえ……。


 私は夢の中のルイさん(と思われる人)に抱きついて胸に頬を擦り寄せ、再び深いところへ落ちていった。抱き締めた私に応えてくれるように、背に回された腕の力が心地良くて、とても、とても幸せだった。


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