第四話
「―― ……」
要らないなんて言葉を自ら発してしまって、私は少し凹む。なので場を盛り上げようと他の国で会った落人の話とか、館主様の話を私は持ち出してフィズに聞かせた。フィズはこの屋敷から出たことがないらしく、他の世界の話をするととても喜んでくれた。
「ねー? ここくらいでしょ? 鬼の館主なんてさ、うさぎのクセに」
「あ、あの、ユーナ……」
「んー? フィズも何かあったらいっちゃって良いよ。その方がすっきりするし明日も頑張れるってもんだしさ、あの上司が居たら愚痴の一つも出るでしょ」
「あ、あたしは、別に何も、愚痴なんてないわ、え、ええ、ないわ、ゆ、ユーナもないわね? ないわよね?」
何いってんのあるっていってんじゃん? と様子のおかしなフィズを見上げるとフィズは愛らしい仔うさぎを抱いたまま私ではないどこかを見ていた。ちょっと顔色が悪い。悪いってことは……。
「その愚痴、僕が直接聞きましょうねぇ……」
―― ひぃっ!
地鳴りのように低く響いた声に、私は身体を強張らせ恐る恐る背後を振り仰ぐ。眼鏡から冷徹ビームでも出そうなうさぎだけど鬼が居た。
「あ、あわ、あら、ら……ル、ルイさんが、こんなところまで足を運ばれるなんて、珍しいです、ねぇ? な、何か探しもの、ですか?」
「ええ、迷子を捜していたんですよ」
にっこり穏やかに繋がれるがどういうわけか私は肌寒さを感じる。
「そ、それは、ご苦労様です、ええっと、どの仔ですかねぇ?」
私が連れて……と、最後までいわせてはもらえなかった。むんずっと首根っこをつかまれて、ずるずると引きずられる。
フィズがご愁傷様というように手を振った。
チビちゃんずも愛らしく振ってくれるのに答えるように力なく手を振った……。
―― バタン。
死刑宣告をされるように、目の前で扉は閉まってしまった。
引きずられて来られたのは、ルイさんの書斎兼仕事部屋兼私室だ。あまり生活感はない。奥の扉の向こうが寝室になっていて基本的にそのどちらかでルイさんは生活している。
部屋の中央付近で私はあっさり解放される。
暖炉の前に置いてある応接セットのソファに溜息と共に腰掛けたルイさんは、長い足をゆったりと組むと背もたれに寄り掛かる。放置された私はどうしたものかとおろおろしたが、ルイさんが次の行動を決定してくれた。
「お茶」
てっきりまた冷たく叱られるのだと思っていたのだけど、そういわれて私は壁際においてあったティーセットが載っているワゴンに歩み寄り紅茶の準備を始める。
室内には、暫らく私がお茶を淹れるかちゃかちゃという音しか響かない。静かな時間だ。
やわらかな香りが部屋に満ち、上品なティーカップに紅い茶が注がれるとルイさんはゆっくりと口を開いた。
「そんなにここが不満ですか? 僕は誰にも必要とされない貴方に仕事も住む場所も与えた」
「っで、でも、ルイさんがこんなところに引っ張り込まなければ私は」
普通に生活していたのだ。
むきになってそう口にした私に、ルイさんは額の上で両手を組んで上を向くと大きく息を吐く。
ちょっと色香を含んだ雰囲気だけど、ルイさんがそれをするときは大抵疲れているときだと分かるくらいには一緒に居てしまった。
「そういえば、そうでしたねぇ」
そうでしたねぇって忘れられるような出来事ではないと思うのだけれど……。今度呆れるのはこちらだ。