第十二話
私が自室から身支度を整えて戻ってくると、ルイさんは鏡の前で難しい顔をしていた。
「どうかしましたか?」
「……いえ、別に……」
顔の傷は本当に小さなものでも合ったし、目立たなくなっていると思うのだけど、他に何かあったかな? と、歩み寄って同じように鏡を覗き込む。そして、きょとんと数回瞬きした私にルイさんは軽く首を傾ける。
「これですよ、上手く隠れると思ったんですけど、誤算です」
「っ!」
傾けられた首筋にくっきりと赤い痣が出来てしまっていた。
「ユーナが離してくれないから」
くすりと告げられると、顔が熱くなるのが分かる。あわあわした私が、だって、とか、それはっ! とか口にするとルイさんは軽く肩を竦める。
「僕は一応見えないところを基準にしているんですけどね?」
「う、うぅっ、ご、ごめんなさい」
そういわれたら私は謝るしかない。しょぼんと項垂れれば、そっと頬に手が掛かり頬にキスが落ちる。
「そういう迂闊なところも好きですよ」
「っ!!」
褒められてない。決して褒められてないけれど、私は病気なので好きの単語に過剰反応する。益々あわあわする私にルイさんは何かいい掛けて口を閉じた。
―― ……どんどんどんっ!!
「オーナー、資料揃いました-!! さっさと外回ってきてくださーい!!」
蹴破られるんじゃないかという、荒々しいノックで部屋に入ってきたのは、もちろん、ロナさんだ。
頬には痛々しく湿布が貼ってあった。
「やれば出来るじゃないですか、流石優秀ですね」
にこりとそういったルイさんの反応に、ロナさんが青くなって手にしていた書類を全部床にばら撒いた。ロナさんも私同様、ルイさんに褒められなれてない。青くなるその気持ちは私なら痛いほど良く分かる。
「邪魔なのできちんと片付けて置いてくださいね」
さらりと付け加え、私のこめかみに唇を寄せて「いってきます」と告げる。
「え! 私も一緒に」
「駄目です。お留守番していてください」
どうしてっ! と食い下がった私に、ルイさんは唇に人差し指を添えて「秘密」と加えて私の傍を離れる。そして、扉のところで、ふと足を止め振り返るとにこり。
「あまりにも時間を持て余すようなら、ロナのそれ、もう必要ないので処分しておいてください」
「「は?」」
思わずロナさんと声が揃った。
「事前に僕が調べて整理したので、もう頭に入っています」
「え、じゃ、じゃあ、なんで」
「嫌がらせに決まってるじゃないですか」
―― ……決まってるんだっ! 決まってねーよっ!!
とても気分良さそうに立ち去っていったルイさんの後姿を見送って残された私は、がっくりと肩を落としつつ「朝からかなりテンション下げてもらった」と同じように肩を落としているロナさんに歩み寄り、一緒に書類を拾った。
「あの、ごめんなさい……」
「んー? ああ、なんか俺格好悪いから、謝らなくて良いよ? それに虎視眈々と狙ってるから警戒したほうが良いし」
にっこりとそういってくれたのはロナさんなりの優しさだと思う。私は、ふわりと暖かい気持ちになって笑って頷けたと思う。
「これも無駄足だったんですよね」
「うん。腹立つからオーナーの机の上で燃やしとく」
「ええっ!」
「冗談だよ」
この兄弟のいうこと、全て冗談には聞こえません。一々過剰反応してしまう私にロナさんは楽しそうに笑い、
「それから」
といいつつ、書類を全部集めて立ち上がるとロナさんは続けた。
「俺、知ってたからね。書斎にオーナー戻ってたの。いやぁ、遠目でも苛々が伝わって楽しかった」
「は?」
「だから、ユーナのせいじゃないってこと」
ぽすぽすと書類で軽く頭を叩いて、ひらひらと手を振りながら去っていくロナさんの後ろを見つめながら私は引きつる頬を押さえた。
ロナさんはやはりあの鬼畜以上に侮れない。
―― ……一番の敵はすぐ近くに居るってこと、かな……。
「まぁ、とりあえず」
追伸:お父様お母様。兎の国にも春がやってきました …… ――
「―― ……って、ことかな?」




