第十話
もう、愛されなくても良い、傍に置いて貰えるだけで、こうして触れてもらえるだけで良い……そんな風に思ってしまうくらい私は病んでいる。
正直優しくされた数なんて片手で足りるかどうかなのだけれど、それだけに、それが貴重で離れられない。
とても切なくて、苦しくて、きゅっとルイさんの服を掴み、胸に頬を寄せる。
ここじゃなかったら、待ってと袖を掴んでも「服が皺になるから離してください」とかいわれるのに、ここでならそんな風にいわれることはない。
それって、やっぱり、愛されてはいない、よね。
溜息が零れそうになって、ぐっと飲み込む。飲み込んだのに、ふぅと溜息が聞こえた。私じゃないということは当然、
「ユーナは本当に、物事を正面からしか捉えませんね。それがユーナの美点であるのは分かっていますが……分かっているのに、分かっていなかったのは僕だったんですかねぇ……」
なんか、ごちゃごちゃいいながら、身体に回された腕に力が込められる。
「好きです」
「え?」
突然告げられた言葉を確認したくて、顔をあげようとしたのに、無理に押しとどめられる。
でも、押し付けられたルイさんの胸から響く心音が、少し早くなっているのに気がついて、無理に顔を見ようとするのは諦めた。
「自分でも最近まで知りませんでしたが、僕は、直ぐに暴挙に出るほど嫉妬深いです。ユーナはロナといると楽しそうですね。書斎から見る庭はとても癒されるのに今日は最悪でした」
ああ、そうか。
私は直ぐに合点がいった。今日の午後ロナさんと庭に居たのを見られていたのか。
別に疚しいことはないけれど、きっと、ルイさんには“楽しそう”に見えたのだろう。
「信じなくても良いですけど……私がこの世界に留まることを決意したときから、私はルイさんしか見てません。ルイさんしか好きじゃないし……ルイさんしか欲しくないし、ルイさんしかいらない。私、貴方に病んでるんです」
一息に告げてしまえば、ルイさんの体温が上がったような気がする。
でもきっと上がったのは私自身だ。
どれだけ恥ずかしいことを口にするんだ……本当に、馬鹿……。病気だ。草津の湯でも治るものかっ!
「―― ……ああ、それはもう治りそうにないですね?」
人の頭に顎を乗せてそういったルイさんは笑っているような気がした。
「悪化する一方です。愛されなくても愛していられると思ってしまうくらい、毒が回ってます。助けてください」
きゅっと握り締めていた手を解き、腕を背に回して力を込める。
「分かりません」
しっかとしがみ付いた私に掛かった声に、私の心臓はまたどくんっと強く打つ。分からないといわれたことが、愛せないといわれたようで、覚悟してたのに、とても苦しい。それでも良いと思ったのに、好きと告げられたことに、有頂天になりすぎて……本当に、馬鹿だ。
一時だけでも、この苦しみが和らげばと、腕に力を込めて強く縋りつくように身体を寄せる。
同じだけ腕に力を込めて抱き締めてくれているように、思うのに、そこに気持ちは乗らないのかと思うと堪らなく苦しかった。
好きってどのくらいなんだろう、どのくらい私を好きでいてくれるのかな?
「ユーナ、無理ですよ、分かりません」
苦笑して重ねられ、頭の中がぐらぐらするような気がする。こんなときに最悪の展開しか頭に浮かべられない私は、とても寂しい子だ。
でもルイさんが続けた言葉は私の予想の上を軽く飛び越えていく……。
「僕も病んでいるようなので……どうすれば良いのかさっぱり見当がつきません」
そっと私の身体を離して、そう告げるルイさんは私の大好きな表情で微笑み、私の顎に手を掛ける。
「とりあえず、不治の病のもの同士、添い遂げてみますか?」
え、と私が問い掛ける隙もなく柔らかく口付けられ、ふわりとベッドに寝かされる。いつもより、ずっと柔らかくて緩い愛撫をしながら、枕物語は続けられた。
「仕事がなくて暇なら、淑女らしく裁縫でもすればどうですか?」
「私が不器用で細かいのが本当にダメなの知ってていってます?」
「ええ、もちろん」
「意地悪ですね」
「では、料理でも習いますか?」
「新手のダイエット法ですか?」
「自覚ありすぎますよね。ユーナ……」
「一応、自分のことなので」
「僕は自分のことが一番良く分からないですよ」
「大丈夫、私が傍にいて分かるように勉強しますから」
「……そう、それは心強い」
ふっと笑みを零して、そう続けたルイさんの変化に気がつくのが遅かった。
ルイさんは、私の身体に触れていた手を、するりと背に回して私が「え」と零すより早く、ぐるりと私を上に載せてしまった。
「ちょ、ル、ルイさんっ! 私、上、嫌です! 恥ずかしい」
「知ってます。実は僕、ユーナの知らないユーナのことを知ってたりするんです。こうすると少し不安そうにするところとか、ね」
意地悪だ、嫌がらせだ、悪魔だ。いや、うさぎだけどっ!
どうして、見下ろしているのは私なのに、見下ろされているような気がするんだろう。ぷすーっと頭から湯気が出そうなほど赤くなる私に、意地悪な笑みを浮かべてルイさんは両手を取ると、自分のシャツのボタンへと促す。
「僕の勉強をするんでしょう? 手始めに、性感帯とか探してみます?」
ハードル高っ! 急にハードル上げ過ぎですっ!!
金魚のようにくちをパクつかせる私を、楽しそうに見つめるルイさんは、私の指を使って器用にボタンを外していく。
私にこの授業から逃れる術はないらしい。
はぁっと、諦めともなんともつかない息を吐き、最後の一つは私が外した…… ――