第九話
「捨てたのは謝ります。というか、謝ったでしょう、さっき。ユーナが僕の尻拭いをしてくれていたのなら、別に良いじゃないですか、今から食べます」
ぶすっと不貞腐れている私の前で、ルイさんは包装を解き、一口より少し小さく千切った。もちろん、自分の口に入れるのだと思ったら、
「あーん」
「え」
突然のことで、中途半端に問い返した口にケーキを押し込んだ。鬼だ。
むぐっと息を詰めれば、そのまま人の隙を突いて抱き寄せると、口付ける。重なった唇から舌を差し入れて口の中のケーキを簡単に奪い去ってしまった。
「……っふ、ぁ」
残らず全部取り上げるように、口内を這い回り深く吸ってからやっと離れる。名残惜しげに、つっと白い糸を引いて、ぷつりと切れると慌てて私は口を押さえた。
「な、ななな、何、するんで、すかっ!」
「ユーナは直ぐに赤くなりますね」
「当たり前ですっ!!」
心臓がまだばくばくうるさい。
いきなりそんなことして平然とケーキを食べてしまう貴方がどうかしているんですっ!
「上手に出来てます。フィズが手伝ったんですか? それとも料理長?」
「……う、フィズです」
「もう一度やっても良いですか?」
「嫌です」
「はい、あーん」
無視された。
きっぱりはっきり継げたのに、あっさり流された。
目の前に突き出されたブラウニーの欠片とルイさんの顔を交互に見て、短く溜息。
今度はさっきより少しだけ大きく口を開けた。
その中に、丁寧に千切った欠片を綺麗に爪の整えられた長い指でそっと入れる。
「―― ……」
なかなか指を離してくれないから、苦しくなってきて眉を寄せるとルイさんが僅かに頬を染める。
「なんか、艶かしいですね。誘ってるみたいです」
「なっ!」
羞恥心を煽られ、反射的に口を閉じてしまい、ルイさんの指を噛んでしまった。痛っと眉を寄せたルイさんに謝罪しようと思ったけれど声にはならない。音を発する場所を塞がれて、息を詰める。
「血が、出てしまいましたね」
口の中のものがなくなると、ぽつりと零された。
私がつけてしまったものだ。原因がどこにあったとしても――私はルイさんの悪ふざけだと思う――怪我をさせてしまったほうが悪いとも思う。
しょんぼりしてしまうと、ルイさんは、ふ、と口元を緩める。
「止まりませんね……」
丁度、人差し指の第一関節についてしまった傷口から、赤い雫がぷっくりと浮き上がり、つぅっと指の根元へと流れていった。
「あ、」
反射的に、指を口に含んだ。口内に血液特有の鉄分の味と香りが広がる。
ちゅっと軽く吸って、口を離せば新たな血が滲み私は猫のようにそれをぺろりと舐め取る。何度か繰り返すと、新しく溢れてくることがなくなって、ほ、と胸を撫で下ろす。
そして、血の痕が残ってしまった指の根元まで咥えこんで綺麗に舐めた。全部綺麗になったかな……と、不安に思い確認すれば、付け根で少し固まってしまっていた。
私は、両手で手首を支えて、唇を添える。そっと舐めても取れなくて、私は軽く歯を立てた。
「……っ、ぁ、も、う、良いです、ユーナ」
「え、でも……」
それまで、じっとしてくれていたルイさんが腕を引いた。最初は傷口が治まればと思ったのに、手を引かれるとおもちゃを取られた子どものように、名残惜しげな声を漏らしてしまった。
そんな私にルイさんは、困ったように微笑んで「まだ、こちらが残ってますから」とケーキをまた千切った。
結局、それを一本分綺麗に食べさせ終わるくらいまで続けられると、全身がケーキに入れたブランデーに酔わされているように、ふわりと熱を持ち頭がぼんやりとする。深く交わされる口付けはチョコより甘くて、愛されていると錯覚しても仕方ないと思う。
だって……とろんっとした感覚でルイさんの腕に抱かれているときは、とても幸せだ。このときばかりはルイさんも無茶はしないし、いわない……甘やかせて貰っているような気がする。




