第八話
ルイさんの言葉に、頭から冷水を掛けられたように冷え切って真っ白になり、私は直ぐに否定の言葉もいい訳も口に出来なかった。
それを肯定と取ったのか、ルイさんは鎖骨を食みゆっくりと舌を這わせる。
「やはり、信頼など無意味ですよね」
「ち、違っ」
「もっと、はっきりと僕のものだと印をつけておくべきでした」
何度も肌の上を柔らかな舌が這うと、じわじわと身体が熱を持ってくる。胸が熱くなって、早くルイさんの誤解を解かなくてはと思うのに、緩く受け入れ慣れた愛撫に息を漏らすだけで言葉が出ない。
「……ふ、ぁっ! 痛っ!!」
力が抜けかけていたところで、突然、鋭い痛みが走り現実に引き戻される。鎖骨に軽く当たっていた歯に力を込められて、噛み付かれたのだろう。ひりひりとした痛みに、眉を寄せる。ルイさんは「すみません」と謝ったけれどとても冷たい謝罪だ。
「違う……」
「はい?」
「ちが、います。私、別にロナさんとどうということないです」
「こんな時間に部屋へ通す仲なのに、ですか?」
「そ、それは、ルイさんのことを伝言に来てくれて」
そのあと、確かに多少流されそうであったことも嘘ではないので、言葉尻が弱くなる。それをルイさんが見逃すはずもなく、冷たい笑顔を浮かべたまま続けた。
「ああ、良い言い訳を与えてしまいましたね」
「いいわ、け、って違いますっ! 本当に私、それにっ! 大体、ルイさんだって、私のこと好きなわけじゃないんでしょう? ロナさんは私のことを好きだっていってくれましたっ! ルイさんは、嫌いなんでしょう? 私のこと、なんて、私はこんなに…… ――」
じわじわっとまた涙が浮かんできて、最後まで声にならなかった。
暴れたのに、ルイさんはぴくりとも動かなくて、彼の腕の中から逃れられない。だから涙が零れてしまわないように、すんっと軽く鼻を啜り熱くなる目頭を隠そうと軽く身体を捻ると、今度はするりと腕が自由になった。
「何でそんな話になるんですか?」
「え?」
「僕がいつユーナを嫌ったんです?」
「……好きともいってくれないでしょ?」
少しルイさんとの間に隙間が出来ていたところで、彼の下から抜け出して、私はベッドに座った。ルイさんも起き上がって、私の手の中から眼鏡を抜き取ると、顔に宛がいながら「それをいうなら……」と何かぼやいている。
珍しく煮え切らない感じだ。
私はもう、ここまできたらとことんぶつかるしかないだろうと、覚悟を決めた。聞こえないです! と強めにいうと、ルイさんは私から視線を逸らして継げる。
「ユーナもいわないですよね」
「え?」
「ですから、僕もユーナにそんなこといわれたことないです。いつも一方的に僕が襲っているみたいですし」
今だって……と加えて苦々しく顔を伏せると髪を掻き上げて深く嘆息する。
「わ、私は、いってるじゃないですか!」
「枕物語だけの言葉を信じろっていうんですか?!」
びくりと肩を強張らせてしまった。
普段、冷たいこととか割とずけずけ口にするルイさんだけれど、声を荒げるようなことはなかったから正直驚いた。
「え、ええぇ……っと……」
そんな私の動揺に気がつく余裕もないように、ルイさんは苛立たしげに続ける。
「別に、それでも、それが僕だけに向けられるなら我慢出来ます。でも、相手を選ばないなら話は別です! ユーナの気持ちが分かりません!」
「私はルイさんの気持ちがさっぱり分かりませんっ!」
反射的に切り返してしまった。
なんかルイさんと話をしていると暗中模索? っていうの? もう何探しているのかも分からなくなりそうだ。
「私はルイさんが好きです。でも、何の役にも立ってないことを知ってるから、貴方の利益になるようなことは何もないから、強くはいえません。仕事からも最近外されっぱなしだし、オーナーのためになることも出来ない。それに、少しでも力になれればと差し入れしても捨てられるし」
ぶつぶつと続ければ、ルイさんの身体が僅かに強張った。一応、覚えているらしい。
「大体、私のことを嫌いなら嫌いで良いですけど、私はそれでも好きなのでっ! ああもう、エムでもなんでもこの際良いです。好きになったものを直ぐに嫌えるほど私は薄情じゃない、器用じゃないです。それなのにっ! 食べ物にあたるのは失礼ですっ! 食べ物に謝ってください!」
ふっきれた私は、思いのたけをがつがつ口にした。
そのとき、ふとポケットの中で、かさっと音がして思い出した。二本入れてたんだった。私はそれをポケットから出して突きつける。
ルイさんは、ちゃんと包装してあるチョコブラウニーと私を順番に見て、顔を逸らすと「ぷっ」と噴出した。
……え? 噴出した?
「ルイさん?」
「いうにことかいて、け、結局、怒るところは食べ物に謝れですか? いや、はい、すみません。謝ります」
「……どこにルイさんのツボがあったのか知りませんけど……甘いもの、嫌いじゃないでしょ? それなのに捨てるってことは、贈り主が気に入らなかったってことじゃないですか。だから、私は嫌われて……」
嫌な単語だ。自ら発した言葉にまた泣きそうになってぐいっと顔を拭う。
「もう! 何度も嫌われてるなんていわせないでくださいっ!」
「―― ……ユーナが勝手にいっているだけじゃないですか……勝手にいって勝手に傷付くのやめてください。面倒臭い」
うわっ! 面倒だっていいやがったっ! サイテー……。