第六話
「あれのいう通りになんてしなくて良い。俺はユーナが好きだよ?」
「え?」
「好き。愛してるといっても恥ずかしくない。だから、おいで、ここが嫌なら連れて出てあげる。大丈夫、ここに来る前に住んでたところもあるし」
「―― ……」
突然、告白されて驚いているからか、何もいえない私。それはつまり、ロナさんの思いに迷っている証拠だ。
「ユーナをこんな風に泣かせない。ユーナが欲しい言葉をいつだって掛けてあげる」
そういって微笑んでくれるロナさんは、私の欲しがる暖かさを持っているような気がする。この暖かくて大きな手に任せれば、私は笑って過ごせるのだろうか?
「今は俺のこと好きじゃなくても良いよ。無理に忘れなくても、嫌いにならなくても良い。忘れさせるから」
人の心は脆い。
私はルイさんのことが好きで、何度も肌を重ねたけれど、それが一方通行だったと思ったらとても冷たい行為のような気がした。
私だけが暖を求めて肌を寄せていたと思うととても虚しい。
「わた…… ――」
ロナさんの問いに答えかけて、え、と目を見開く。
それと同時に、
がつっ!!
と、鈍い音がして鋭い風が鼻先を掠めて抜けていく。
一瞬前まで、ロナさんの手で暖かかった私の頬が外気に晒されて一気に冷えた。
「っつー……タイミング最悪」
「足が出なかっただけ、マシだと思いなさい」
いったた……と、声のしたほうを見るとロナさんが吹っ飛んでいた。
え、ちょ……。ルイさんが手を上げたの?!
よろり、と、開け放たれたままの扉に背中を預けて立ち上がったロナさんを、冷たい目で見たルイさんを見て焦る。焦った私の焦りの矛先は、後ろめたさではなくて……
「兄貴が悪いんだろ、ユーナを、泣かせてばかりで、見てるこっちの身になれよ」
「って、そんなことよりっ! ルイさん怪我っ! 口元、血が出てるっ!」
俺も出てるよー、というロナさんの声が聞こえたような気がしたけど、それに答えてあげるほどの余裕がなかった。
私の悲鳴のような声にルイさんは、軽く口元を拭って「ああ……」と今気がついたような声を上げた。
「ちょ、どうして」
「仕事上のトラブルです。ユーナには関係ない」
「そ! そんないいかたっ!!」
いつもながらのあんまりな態度に、強い言葉を重ねそうになったのに「それから」と口火を切ったルイさんに遮られる。
「ロナは私室に山と書類仕事を積んでおきました。明日の朝までに目を通し処理して置いてください」
「はぁ?」
「はぁ、ではなくて、返事は、はい、です」
ううっ眼鏡が明かりに反射して表情が読めないぶん、物凄く怖いです。
ロナさんはなおも食い下がろうとしたのだけど、ルイさんは聞く気ゼロで、気圧されて黙っていた私の手首を乱暴に取って歩き出した。
ひゃっと短い悲鳴をあげた私なんて気に止めることもなく、ルイさんはずんずんと大股で廊下を闊歩していく。
ロナさんが、はぁ、と深い溜息を吐くのが見えた。
―― ……ごめんなさい……ロナさん。いろんな意味で……。