第五話
外はすっかり暗くなってしまっていた。
今日も私、何もしてないな……。これじゃ、仕方ない。
私個人がルイさんに嫌われても、私にはいくところがないし……何か仕事しないとね……。
ごしごしごしごしと目を擦ってから立ち上がる。
現状を確認しなくちゃね。あ、そうだ。と、ポケットに一、二本ケーキを突っ込んだところで、こんこんっと部屋の扉が叩かれた。
―― ……ルイさんかもっ!
っと、思わず喜色を浮かべた自分があまりにも悲しかった。さっきまで、その人が原因で泣いていたというのに……がっくりと私が肩を落としている間に、もう一度ノックされる。勝手に開けて入らないところからして、ルイさんじゃない。
「ごめんなさい、今開けます」
かちゃりと、扉を開けるとロナさんだった。
「あ、ごめん。寝てた?」
部屋に明かりもつけていなかったからそう思ったのだろう。反射的に謝ったロナさんに「違いますから平気ですよ」と微笑んで、傍にあった明かりを灯す。
ほんわりと緩い光源がロナさんの顔をオレンジ色に照らす。
「それで、どうしたんですか?」
「え、ああ、いや、オーナーから、問題が起こってその処理で時間がおしてて、今夜は遅いと、もしかしたら、戻れないと連絡があったから、伝えておこうと思ったんだけど……」
ルイさんがそんな風に連絡を寄越すなんて、いつもでは考えられない。不安が胸に湧き私の心音はまた激しく高鳴る。
本当、あの人といると心臓が幾つあっても足りないような気がする。
心も身体も、全部全部……疲弊して動かなくなっちゃいそうだ。
「問題? 珍しいですね。事故、とかじゃないですよね」
何とか平静を装ったけど、口にすると益々不安になる。
でも、問題ってなんだろう。怪我とかしていないと良いけど……揉めてるなら仲裁とかいったほうが良いのかな、えっと、今日のルイさんの予定なら私の手帳に――一応メモしても、完璧に頭に入れてしまっている人だから、それがルイさんの役に立った試しはないけれど、抜けない習慣になっていた――書いてあるはず、それを見ればきっと、手帳、ルイさんの書斎だ。行かなくちゃ。
おろおろと一歩足を踏み出すと、ロナさんに止められた。どうしてとめるのかと見上げれば苦笑して続けてくれる。
「今、ユーナが想像したようなこととは違うと思う。大体あれ、殺しても多分死なないし」
ロナさんの随分な物言いに、私は目を丸め「え」と声をつめるとロナさんはにこりと微笑んだ。多分、私に元気がないと思って慰めてくれてるんだと思う。まぁ、九割くらいは本気かもしれないけど。
「ユーナ」
「はい?」
釣られてなんとか笑った私をマジマジと見つめて名を呼ばれ、私は首を傾げる。
「もしかして、泣いてた?」
「え、あ……あぁ~……ちょっと」
まだ顔も洗ってなかった、きっと隠せないような顔をしているだろう。苦笑して頷けばロナさんは眉を寄せる。気難しそうな顔をしたときは本当、兄弟そっくりだと思う。
「何で? どうして、泣いてたの、一人で……って、ああ、良いよ。どうせ、兄貴だな。他に理由なんてない」
あの馬鹿……と、苦々しく奥歯を噛み締め怒りを露わにする。私のために怒ってくれるのはロナさんくらいだ。
「平気です。私の勘違いですから」
「勘違い? 何を?」
不思議そうにそう問い返しながら、そっと手を伸ばしてきたのを、私は反射的に避けてしまった。ぴくりと、ロナさんの手が止まったのに慌てて、ごめんなさい。と、謝罪する。ロナさんは直ぐに、良いよ。と笑ってくれたけれど、悲しそうな顔をさせてしまった。
そして、続きを促すように「で?」と首を傾げる。
「あ、えっと、いえ、私、ルイさんのこと好きなんです」
「うん」
「でも、ルイさんはそうじゃないですよね? 私、勘違いしちゃってて、勝手に愛されちゃってるなんて思っちゃいました。そんなわけないですよね、最近では仕事にも付き添わせてもらえないし……私はいつもお留守番……」
口にすれば、止めたはずの涙がまたわじわじと湧いてくる。
泣くな私。
涙を堪えるために、目頭を押さえようとしたらその手を掴まえられた。そして、ロナさんの大きな手が私の頬を包む。
「ユーナ……」
ゆっくりと名を呼ばれ、自然と顔をあげてロナさんを見つめた。
「俺にしなよ」
静かに、けれど熱の篭った声でそう告げられる。それなのに、直ぐに頭が追いつかなくて、私はとても間の抜けた顔をしていたと思う。




