第四話
「あれ? ちょ、何、もしかして元気ない?」
膝に乗せたお皿から、もうひとつと摘み上げて口に入れたロナさんに、手が汚いんじゃないんですかと突っ込む気にはならず苦笑した。
「元気です。どこも悪いところなんてありませんよ」
笑ったと思ったのに上手くいってなかったのか、ロナさんの顔から笑顔が引いた。真剣な顔をするロナさんは、やっぱりどこかルイさんに似ているから苦手だ。色々迷ってしまう。
「兄貴と何かあった?」
「……何もないです」
即答できなかった自分にしまったと思った。これじゃ何かあったといっているようなものだ。
「本当に何もないです。心配ありがとうございます」
立ち上がりつつそう告げて、片手で簡単にスカートの裾を払い「良かったらどうぞ」とお皿を押し付けて踵を返した。
なんで、こんなに気が滅入るのか理由が分からない。というか分かってるけど人様にいえるような高尚な内容ではない。
馬鹿馬鹿しいと、改めて痛感し私は大股で屋敷に戻った。
お茶の時間には大抵一度戻り、仕事の経過報告をしながらお茶というのが流れだし、今日もきっとそろそろ戻るだろうと書斎を訪ねるとまだ誰も居なかった。
私は勝手に期待を裏切られたような気がして、はぁと、溜息。今日は溜息の多い日だと苦笑する。
もう直ぐすれば、陽が部屋に入ってくる。日焼けしてはよろしくないものもあるから、私は窓の薄いカーテンを下ろしに寄った。
机の後ろにある窓のカーテンに手を掛けて、ふと、気がつく。
―― ……あれ?
「うそ、どうして……」
どくんっどくんっと心臓が早く重く脈打ち胸が苦しくなる。
本当はすぐさまその場から逃げ出したかったけど、私はよろりと膝をついて無残にもゴミ箱に散らばってしまったものを集めた。
「えっと、朝から、居なかったし、いつもだって、紙しか入らないから、だい、じょぶだよ、ね?」
何とか平気だというように、声を出した。
情けないな、声が震える。
最後に残った籠を持ち上げると、私がメモしたものがぐしゃりと丸められて入っていた。
「お、かし、ぃな。甘いもの、嫌い、なんてこと、なかったのに」
だったら、嫌われてるのは私だ。
きゅっと唇を噛み締めて、元と殆ど同じように纏めた籠を持って立ち上がった。数は覚えていないけれど、きっと一つも手はつけられてはいないだろう。
早く早くっ! と、急いで私室に戻った。
ばたんっと多少乱暴に扉を閉めて、抱えて戻った籠をベッドサイドに置くとそのままベッドに顔を埋める。
泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ、泣いちゃ、ダメ……
「泣くな私っ!」
ぎゅぎゅーっとシーツを握り締めて、堪える。
堪えて堪えて、堪えて……でもやっぱり
「無理だよぉぉ……」
溢れる涙は止められなかった。
いくら私が気に入らなくても食べ物粗末にしなくても良いじゃんっっ! って、そっちじゃなくてーっ!!
何あの駄眼鏡っ!
何あの冷徹漢っ!
ちょっと顔が良いからって、
ちょっとスタイルが良いからって、
ちょっと権力者だからってっ!
「ちょーしにのってんじゃないのーっ!!」
ふえぇぇぇぇぇんっ!
血の変わりに冷水でも流れてんじゃないのっ!
南アルプスの冷たい水とか……
かち割り氷とか……
って、私、ネジ外れまくりーっ!!
心の中でシャウトして泣き叫ぶ。
居ないと分かっているのに、声に出して文句をいうことも、声をあげて泣くこともできない私は、本当に情けない。
でも、今はただ感情が溢れて止まらなくなった涙を流させることに尽くした。
ずずっ。
鼻を啜って、膝を抱える。
ひとしきり泣き済んだら、少し落ち着いた。
ちらりとベッドの横に置いてある籠を睨む。ロナさんは美味しいっていってたのにな……フィズと作ったのだから、確かに美味しいと思うのに……手を伸ばして一つゲット。
かさりと包みを解いて、ぱくり……。じんわりと甘さが広がる。
「……ほら、ちゃんと、美味しいよ」
ま、食べてなさそうだからそれも関係なかったんだろうけど。
私を嫌うのは勝手だけどさ、食べ物に当たるのは大人気ないよね。
一本くらい食べれば良いのに、口にするのも嫌だったのかな……。
溢れてくる愚痴はとても切ない。