第三話
「よしっ」
ルイさんの分は、仕事の片手間にも食べてもらえるように細長くして、一本一本包んだ。それを丁度頃合いの籠に入れて、簡単にリボンを掛ける。
邪魔だろうけれど、まぁ、見た目の問題だ。
その他余ったものは、サイコロサイズに切り分けてお皿に分ける。沢山作ったから、みんなで食べると良いと思う。
フィズは、チビちゃんたちにと持ち帰り、私も自分用とルイさん用を抱えてルイさんの書斎に入る。
今日はロナさんも出掛けているのか、誰も居ない。
「本当、私これじゃニートだよね。職業欄に家事手伝いだよね」
小さく溜息。
書斎を片付けるといっても、大抵几帳面なルイさんは、身の回りも整っている。というか本当に生活感のない人だ。
広い机の上にはスタンドとインク瓶、ペン。契約書などの紙書類を入れる箱などが整然と置いてある。もちろん、箱の中は空っぽだ。私は主が居ないことを良いことに、アンティーク調の作りの良い椅子に腰掛けて、メモを取る。
「んーっと……お疲れ様です、っと……適度な糖分摂取は作業効率をあげますよ。……ユーナ……と、これで良いカナ?」
我ながら、色気のないメッセージだ。でもきっとシンプルイズベスト! という感じの人だから、余計なことを書き綴ると怒られそうだ……例えば、愛の言葉、とか。
「ふ、馬鹿馬鹿しい」
一人でいると独り言が増えると思う。
私は自分の考えにも、声に出してしまう独り言にも呆れて嘆息し立ち上がる。
そして、机の上で邪魔になりそうにないところへ籠を置き、飛んでなくなったりしないようにメモを挟む。
うん。見た目だけは、この部屋とこの机に不似合いな感じで可愛らしくできたぞ。っと。
私はそのことに一人満足して頷いた。
お昼を過ぎても、誰も戻らなかった。
本当に二人とも戻っていないのかな? と、思ってロナさんを探す。ルイさんは戻れば、嫌味の一つ悪態の一つもつきに顔を見せるから、それがないということはまだ戻っていないのだろう。
「俺をお探し?」
「っ! うわっ!」
庭に出て、今の時期に咲き誇っている花を愛でながらふらふらしていると、ひょっこりとロナさんが顔を出してきた。
「甘い臭いがすると思って、出てきたんだけど、お茶の時間?」
にこにこと毒のない――本当は猛毒含んだ人だけど――笑顔でそう告げるロナさんに「そうですよ」と頷く。
「甘い臭いは多分、これ。私がフィズと焼いたんです。お一つ如何ですか?」
白いボウル皿に乗せたブラウニーを、軽く持ち上げてにこりと返せば、ロナさんは貰う貰うとひょこんっとうさぎ耳を出してぴるぴる振るう。
喜んでる、んだと、思う。
部屋に戻ってからお茶と一緒にといったのに、待てないというから、庭の所々に設けてあるベンチに腰を降ろした。
「はい、あーん」
「あーんって、自分で食べてくださいよ」
にこにこと機嫌良く口を開けるロナさんにそういい放つと、ロナさんは私の前で両手を振った。
「無理無理。俺、さっきまで、庭師の手伝いしてたの、手が汚れてて使えない」
「それならやっぱり、ケーキ逃げませんから、手を洗ってから」
「今食べたいの! 下さいな」
ロナさんは時々子どものような可愛げのある人だと思う。ルイさんとは違った意味で押しも強いし、結局負ける。
多分、うさぎ耳がダメなんだと思う。
私は押し負けて、一つ取り上げると、どうぞと口元へ運ぶ。
「どうぞ、じゃなくてさ、ほら」
「え、あ、ああ。はい、あーん」
やれやれと口にすれば、可愛らしくあーんと答えてぱくりと指ごと食べた。
「ちょちょちょちょっ!」
「チョコがついちゃってたから、可哀想かなぁと思って、ん……美味しい」
ぺろりと他人の指先舐めて、解放すると、口の中に残ったものを噛み締めて微笑む。
「もう、そういう冗談、慣れてないんですよ、勘弁してください」
「冗談? どの辺りが?」
「全部ですよ、全部……」
「男慣れしてないってこと?」
「っいや、そういうわけじゃなくて」
「じゃあ、慣れてるの?」
「それも違いますっ!」
もうっ! と怒ればロナさんはにっこりと人好きのする笑顔を向けてくれる。誰かさんとは大違いだ。なんで私、ルイさんを好きだなんて思っちゃったんだろう。愛してもらえない人を好きだなんて、凄く不毛。