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兎の世界にさようならの裏側(前編)

うさぎさん救済措置小話:うさぎさん視点です。

 泣かせるつもりはなかったのだけど……。

 はぁと嘆息して眼鏡を机上に放ると肘を着いて頭を抱える。


「恋人……か」


 居てもおかしくない。彼女には彼女の生活があったのだから。


 ―― ……その全てを僕が奪った。


 だから、彼女にはここでの生活に困らないだけの知識と教養を身につけさせたいと思った。ぶつぶついいながらもちゃんとついて来ていたから忘れそうになった。


 ―― ……別に彼女は僕のものではない。


 ここにきていろんなものを手に入れてきたけれど同じだけいろんなものを失くしてきたとも思う。だから彼女を失くしてももう傷む心なんて持ち合わせていない。

 僕はそういう人間うさぎだ。


 ―― ……寂しいと死ぬ


 なんて馬鹿な嘘が彼女の世界で広まっているのだろう。僕はそのくらいで倒れてなんていられないのに……。

 ぎ……っと椅子を傾けて背にした窓を仰いだ。あいも変わらず馬鹿みたいな晴天だ。


「まぁ、たまには休息も必要でしょう」


 そう思って一人で始めた作業は思いのほか……よく進んだ。




「……仕方ないな」


 フィズからちゃんとユーナが食事を取ったことも聞いたし、恐らく寝て起きればけろっとしているだろう。

 思いつつ目の前の書類をぴんっと弾く。

 明日では遅い。

 しかし、ユーナに預けている徽章が必要だ。


 ―― ……カタン


 寝ていればもう明日にするし、起きていれば今夜済ませてしまおう。そう思って彼女の部屋へ向う。

 書斎から彼女の部屋まではそう遠くはない。そして皮肉にも通いなれた道だ。

 いつも通りにドアノブを握ってふと思い留まった。先にドアを開けようとして鍵が掛かっていたらちょっと傷付く。


 ―― ……コンコン


 中から聞こえた声が跳ねていたような気がする。

 曲げた臍は直ったのかもしれないですね。ユーナの復活の速さは僕でも驚きますから。

 そう思ったのに僅かに開いた扉から聞こえた声はとても抑揚のないものだった。というか……明らかに作っている。


 僕は笑いを我慢するので必死だった。


 ここで笑ったら頑張って不機嫌を装っている彼女に失礼だ。


 受け取った指輪はまだユーナの熱を保っていた。僕はそれをぎゅっと握り締めて書斎へ戻った。書類を片付けたら鍵を探さなくてはいけない。本当に、一体どこへ落としてしまったのやら……。

 出てきそうだった溜息をぐっと飲み込んで背筋を伸ばした。





「提出予定の書類を……」


 と、居ないんでした。


 ひらりと用紙を振ってから気がつき自嘲的な笑みを零す。

 日付が変われば顔を出すだろうと思ったユーナは出てこなかった。

 朝食の席にも居なかったからフィズに何か持っていくように頼めば鉢合わせするし……火に油を注いでしまった感は否めない。


 ―― ……どうしてユーナはあんなに臍を曲げてしまったのでしょう?


 ふと浮かぶ疑問。自分でも今更な気がしないでもないですが……積もりに積もったとかならば暫らく直りそうにない。


「それにあの顔は泣き倒した感が……」


 進まなくなってしまった書類を後回しにして、一息吐こうとティーセットに手を伸ばす。紅茶の缶を見ても以前からの愛飲品で変わりない。変わりはないはずなのに


 ―― ……ユーナが淹れるとどうしてあんな味になるんでしょうねぇ……ある意味芸術的です。


 思わず笑ってしまった。


 暫らくぶりに淹れるお茶も手順も掛ける時間も同じだから味も同じものになる。ユーナはそれがないから予測不可能。だから面白い。





「ユーナは、部屋ですか?」


 昼食も夕食も部屋で取ったから引き篭もり状態だった。

 鍵を探すついでに、そろそろユーナのご機嫌でも窺おうかと書斎を出たら、なんとなくのユーナの気配が屋敷のどこにも感じられなかった。


 ユーナの居るところは大抵屋敷のほかの場所とは違う雰囲気になるから割と直ぐに見つけることが出来るのにと僅かな不安が過ぎる。

 いつも仲の良いフィズを掴まえて問い掛ければ朝から見ていないという返事だった。


「あたしも探しましょうか?」

「いえ……子どもではないですし、自分で戻るでしょう。そう心配しなくても」

「お一人で探されるよりは早く済みますよ?」


 いつもどこか弱々しさのあるフィズが珍しく意見してくる。そしてそれはあんに僕が一人で探すつもりだといっているものだ。そんな必要はないといいかけたのに口から出たのは


「そうしてください」


 という台詞だった。


 フィズに頼んだつもりだったのに気がついたら屋敷中のものが探していた。

 仕方がないから書斎に戻り報告を待つ。一、二時間してぱらぱらと報告に上がってくるものの返事は色よいものではなかった。これ以上こんな時間に探すのは無理だ。

 皆に引き上げるように伝え、書斎の窓から庭先、草原へと目を走らせるが到底見つけられないだろう。


 思わずパチンパチンと爪を弾いていてユーナに「子どもみたいなクセですね」と笑われたのを思い出した。

 ユーナのクセは考え事をするときに唇を指先で弾くものだ。

 それから……いっぱいいっぱいになると普段良く回る口が一切の発言を拒むように閉じられ唇を噛み締める……昨日も……今朝もそうだった……。


 ―― ……痛っ……


 胸が痛む。キシキシと音を立てているような気がする。

 今朝会ったときに無理矢理にでも仕事に戻して置けば良かったと酷く後悔している。こうしている時間が酷く無駄なものに感じる。


「そういえば……」


 どうして今朝ユーナはあんなところに居たんでしょう?


 普通にここを出て行くだけならばあんなルートは選択しない。確かに外には飛び出していったけれど裏口からになってしまう。


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