第十二話
じりっとソファの上で後退したが遅かった。
ルイさんが膝をソファの隅に乗せてぎしりと軋ませるのと同時に私の体の横に腕を着いて圧し掛かってきた。
「あ、あのぅ……」
「なんです?」
「近いんですけど」
「良かったですね。直ぐ傍でうさぎが愛でられて」
良くないです! 獣型に戻ってもらえればそれで良いかもしれないけどこの状況ではあきらかに私が襲われています!
鼻先が触れそうな距離で頬を撫でられる。
きっと、悪い冗談だ。
いつもの冗談で普通にいつものセクハラ行動で、本気じゃないはず。ていうかそれにしてもここまでするのは犯罪ですっ!! 暴れたくても正直腰から下がちょっと動いても痛い。筋肉痛だ。
心臓五月蝿いっ。
「顔赤いですよ?」
「ルイさんはフツーですね。慣れてるんですか?」
「さぁ? どう思いますか? ユーナの行動はとても軽率なので落人とはいえ不用意に世界を渡っては危険だということを身をもって教えて差し上げますよ」
―― ……結構です!
断固拒否します。
こここれは美形急接近でドキドキしているだけで決して相手がルイさんだからじゃないっ! 私は断じてエムじゃないっ! それにっ!
「みんな良い人たちです。こんなことしません!」
「それは偶然上位種が相手だったから、かもしれないですよ。本当にユーナはどんな安全世界で生きていたのでしょうね」
確かに最近変な事件は多いけど普通に生活する分には十分治安は良いと思う。いや、良くもないか道歩いててうさぎに襲撃されるくらいだから。
「僕がどれほど気を揉んだか、心配したか、なんて知りもしないで」
凄く、凄く小さく細い声で紡がれた言葉は私の耳に届かなかった。それよりも私は唇に微かに残る感触に動揺して、心臓がばくばくして動けなかった。
思わず確認するように唇に触れると、ルイさんは瞳をすっと細めた。
「もう二度と会うことは叶わないだろう恋人に申し訳ないですか?」
「え?」
「夢に見るほど恋しい人です」
一瞬何をいわれたのか分からなくて、問い返そうとしたら間々ならず再び唇が塞がれた。
なんで、この人、私にキスするんだろう……変に冷静な思考が脳裏に過ぎったら、僅かに唇が触れ吐息が掛かる距離でまるで呪いのように紡がれる。
「いつか、なんてないんです。もう、逃げられないんです」
どうしてだろう……?
呪いのようだと思うのに、どうしてだか逃げないで欲しいとお願いされているような気になった。繰り返される口づけに懇願されているような気がする。
「心配しなくても、もう、逃げないです」
「え?」
「もう、どこへも行かないです……だって、ルイさん、本当に寂しくて死んじゃいそうです」
そんな気にもなった。多分私はどこかのねじが外れてしまったんだと思う。




