第五話
「ありがとう。でも、良いよ。私、ここ出ることにしたんだ」
「え? 出るって、どこへ行くの? オーナーの許しがないとどこへもいけないのよ?」
「ここじゃなかったらどこでも良いよ」
慌てたようにそういったフィズに私はにこりと微笑む。出ると決めたらなんだか気が晴れた。
「どこでもって、そんな。オーナーのことだったら、少し擦れ違いがあっただけじゃないの? ほら、色々と言葉の足りない人だから」
あんなにべらべら良く回る口を持っていて言葉が足りないなんてチャンチャラおかしい。
フィズには悪いが止まっていた足を踏み出した私を追いかけるように隣に並んでフィズは話を続ける。
「ユーナは誤解しているわ。オーナー口は悪いけれどとても凄い方なのよ? あたしたちの立場をこうして安定させてくださったのはその基礎を築いてくださったのはルイ様なのよ? あたしたちは人型を得ることが出来るといっても、数も少なかったし、とても弱い立場だったから、だから、あの方は自分にも他人にも厳しいの。だから、貴方のことだってちゃんと責任持って考えていらっしゃるし」
「とんだお荷物を抱えてしまったくらいにしか思ってないよ」
改めて口にするとちょっと切ないけど間違いじゃないだろう。そんなこと……と声を詰めるフィズにちょっと申し訳なくなる。彼女に当たりたいわけじゃない。寧ろフィズには沢山感謝している。
「フィズ! 探しましたよ、今日の予定で……おや? 起きていたんですか?」
運が悪い。今一番会いたくない人に会ってしまった。私はぎゅっとスカートを握り締めた。
「オーナー! ユーナを止めてください。出て行くなんていうんです」
ぎゅっと手にしたトレイに力を込めて、ひしっとルイさんを見上げて告げるフィズをちらと見たあと、私へと視線を泳がせる。
止める? 止めない?
私はごくりと喉を鳴らした。
「どこへ行くのか知りませんが、お腹がすけば戻ってくるでしょう? ご自由にどうぞ」
と微笑んだ。
確かに一、二度脱走したけど、この周辺は本当に何もなくて日が暮れる頃には毎度ルイさんに首根っこ捕まえられて戻ってきていた。
私はまたきゅっと唇を噛んで何もいわないまま踵を返しその場から逃げ出した。フィズが名前を呼んでくれたのが聞こえたけれど私は振り返れなかった。
とりあえず、屋敷の外に出た私は深呼吸一つ。
大丈夫。
今回の私には鍵がある。これで別の世界に行けば、きっと仕事を見つけるまでの間くらい上位種の方が保護してくれるだろう。そうすれば今よりきっとマシになるはずだ。きっと……。
鍵をぎゅっと握り締めて、屋敷の中が再びいつもの様子に戻ったのを見計らって私は塔に足を踏み入れた。
ここはルイさん以外は基本近寄らない。だからここまでくれば大丈夫。誰にも見付からなくて良かった。
「あ、でも、鍵……。まぁ、塔の中に落としておけば良いか、どうせ落ちていたものだし」
私は当てずっぽうに扉の鍵穴に鍵を通した。
最初はここの鍵ではないのかと思うくらい外れだったけれど、幾つ目かの扉でかちゃりと開錠の音がした。私は、ほっと胸を撫で下ろし、絶対に目に付くだろうと思われる部屋の中央に役目を果たした鍵を滑らせて扉を開いた。
ここではないどこか、きっとここよりはどこでもマシなはずだ……。
そういい聞かせて私は飛び込んだ。




