第一話
拝啓 お父様、お母様
如何お過ごしでしょうか? 私はそれなりに元気です。ええ、それなりに。
私は基本的に愚痴も零さずとても品行方正に生活してきたと自負しております。
文句一ついわない私はお二方にとっても自慢の娘だったことでしょう。私はそう努めてまいりました。普通に、普通で……そして一生を終えることと……。
ですが、今一つだけ文句があるとすれば、どうして私に何か特技を与えてくださらなかったのですか……。
それも、まぁ、今更ではありますが。
兎に角、私は一応生きてます。一応、ね。
探してください、力いっぱい! まぁ、適応能力だけはあるようなので構いませんが、いや、でも、探してください。見つけてください。
このままでは、私は、うさぎのクセに鬼畜な陰険眼鏡に……
「ユーナ? 何をやっているのですか、もうとっくに休憩時間は終わっていますよ」
手紙の最後を締め括ろうとしていた私は、こつこつと扉を叩く音と共に聞こえてきた声に振り返る。
ノックをするということは扉が開くのを待ってくれても良いと思う、が、彼はそんなことはしない、開けた扉を背中で支えて扉を叩いていた。
現在の私の上司に当たる人物だ。
彼に声を掛けられて私は、机の隅っこに置いてある時計に目を走らせた。まだ休憩終了までは十分以上の余裕がある。
「あ、まだ時間はあるようだけど……」
おずおずと口にした私にきっ! と眼鏡の奥からの鋭い視線が飛ぶ。私は肩を強張らせた。
「五分前行動は基本です。貴方は何も出来ないのですから、その五分前には行動を開始すべきでしょう?」
―― ……鬼かっ?!
私の上司はうさぎのクセにとても人使いの荒い人物でした。
この世界は獣の世界。
彼らが中心だ。
でも時々、私のように落ちてくる人間が居るらしい。今は晴れ時々人。のレベルで落人(と、呼ばれるらしい)が居るようだけれど、彼女たちは基本的にその土地の上位種の人たちに拾われて雇われたり養われたりして幸せそうに暮らしている。
私、私はといえば……落ちた先が悪かった。
就職したばかりの私は、人を育てるなんて気の一切ない上司の下に就き、毎日精神の限界体力の限界まですり減らして働いていた。
でも、我慢さえしていれば移動があるかもしれないし、上司が不祥事を起こして降格になるかもしれないし……もしかしたら辞めてしまうかもしれない。なんて有り得ない”かもしれない”にかけて頑張っていたというのに……その日も、ふらふらしていた私はぼんやり歩いていると幻覚を見た。
「……あっはー、うさぎが時計持って走ってるよ」
アリスかよっ! とりあえず突っ込む。追いかける気は一切なかった! 一切なかったのに! 目が合ってしまったのだ。
「あまり使えそうにないですが……まぁ、仕方ないですね」
喋ったよ。駄目だ。私物凄く疲れてる。帰って寝よう。うん。帰ってシャワーだけ浴びてばたんきゅうすれば、きっと
そう思って踵を返したら、後頭部にがつんっと鈍く鋭い衝撃が!
「い、いった……ぁ……」
がくんっと膝を折った、視界が揺らいで意識が朦朧とする……仲良くなる気のないアスファルトに頬を寄せたと思ったら。
地面が抜けたのだ。有り得ない。うん。ない。
しかし、現実に抜けた。私の後頭部の痛みは多分、視界の隅っこに映ったうさぎが持った木槌だろう。
確実に犯罪に巻き込まれた感があったのに落ちた先は異世界だった。
そして異世界に対応するには私はあまりにも普通だった。これは落とした本人が考えていたよりも凄かったらしく、物凄く面倒なことになったと愚痴られた。