離縁いたします。四年の手間を冗談で流されたので、ほどけ結びの箱を持参しました——半年で、お宅の結びだけほどけます
「離縁でも申し出そうな顔だな」
卯之吉さんが笑った。朝いちばんの紙を指で挟んだままのわたくしを見て、親方衆も口を揃える。紙は笑いません。ただ、ぱさりと鳴った。今朝の紙は乾きすぎ。いつもより二回多く捻らなければ、祝いの席へ着く前にほどける乾き方だった。
「二回、増やします。昨日と同じでは締まりません」
「またそれか。見た目は変わらん。余計に捻っている暇があれば、十本余分に作れ」
卯之吉さんは、わたくしの手から一本取った。引くでもなく、目の高さへ掲げて色だけ見る。赤は赤、白は白。ならば結びも同じ。世の中がすべてあの方の目玉ほど素直なら、職人の指など十本も要りませんわね。二本くらいで足りるでしょう。
「乾いた紙は、戻ろうとする力が強いのです。結納先でほどけましたら——」
「嫁が親方へ講釈か」
笑い声が一つ増えた。湿りを測るなら指一本、笑いを増やすなら親方一人。朝から増産に熱心で何よりでございます。
「紙のせいにして数を減らしたいだけだろう。おまえは細かすぎるんだ」
「では、一本だけ引いてお確かめを」
「冗談だ、本気にするな」
卯之吉さんはわたくしの肩を軽く叩き、親方衆へ笑いかけた。叩く手は一回。笑い声は三回。必要な捻りは二回増し。今朝も勘定が合いません。
わたくしは紙を取り戻し、指先へほんの少し水気を移した。卯之吉さんの命じた数は作る。そのうち、祝いの席まで保つ分だけは、見つからないよう二回余計に締めた。
夕方、一本が戻された。端を持ち上げただけで、結び目がゆるりと口を開ける。
「嫁の縁起が悪いんじゃないか」
親方衆の一人が言い、卯之吉さんが鼻で笑った。わたくしはほどけた一本を袂へ入れた。紙くずにするには、よく働いた結びでございます。誰が働かせ、誰が笑ったかまで、きちんと覚えている顔をしておりました。
* * *
寝間の隅に、浅い箱が一つあった。戻された結びを一件につき一つ、そこへ収める。最初は底板がずいぶん広く見えたのに、いつからか赤と白が絡み合い、蓋を閉める時に指で押さえるようになった。
春には、花嫁の簪へ添える飾りが戻った。卯之吉さんが捻りを三回省いた品である。あの簪で捻りが三千回ですわね。三千回ぶん髪へ挿していらっしゃる方が、朝の湿りを一度も確かめない殿方に祝いを任せたとは、夢にも思いますまい。
「髪へ挿せば見えんだろう」
「ほどければ、髪から落ちます」
「花嫁が動きすぎたんだ」
簪の次は、雨の日に納めた松の飾りだった。今度は湿りが多く、いつもより一回減らすべき紙を、卯之吉さんは力任せに同じ数だけ捻った。乾いた後に紙が縮み、表が割れた。
「紙屋が悪い」
便利な商いでございます。乾けば嫁、湿れば紙屋、売れれば卯之吉さん。責めの取り分だけ、実に鮮やかな三方分け。
割れた松から一本を抜き、箱へ加えた。重さはほとんど変わらない。それでも持ち上げると、底が以前より掌へ食い込んだ。
箱の裏には何もなかった。表へも、側面へも、わたくしの名はない。納める箱には家の名が入り、直した手には糊が残る。名というものは糊より落ちやすくできているらしい。
お麻さんが紙を運んできたのは、その翌朝だった。五十九歳の指は節が太く、紅白の結びをつまむ時だけ針のように細かく動く。
「引いてごらん」
挨拶より先に一本を渡された。わたくしが両端を引くと、結び目は形を崩さず、きゅっと中央へ締まった。
「昨日の湿りなら、あと一回少なくても保ちます」
「そう」
褒めない。まあ、なんとありがたいことでしょう。家では笑いが三つも付くのに、お麻さんは余計なものを一つも付けない。
お麻さんは、店先に積まれた戻り物へ目をやった。割れた松を一本取り、引く。紙が鳴る前に裂けた。
「これは、あんたかい」
「家の仕事でございます」
「聞いたのは手だよ」
わたくしは答えず、朝の湿りに合わせて自分で捻った一本を差し出した。お麻さんは同じように引き、今度は二度、指の向きを変えた。
「こっちは覚えた」
それだけ言って、次の紙束を運び込ませる。慰めはなし。値踏みは済み。お麻さんの言葉は短いのに、家の誰より手数が多いのでございます。
* * *
次の朝、わたくしは捻り台へ座らなかった。紙束を湿りごとに分け、卯之吉さんが求めた本数を揃え、そこで手を止めた。
「捻らないのか」
「紙を揃えろとのお言いつけでしたので」
「ならいい。捻るくらい誰でもできる」
卯之吉さんは親方衆へ顎を振った。家の者が台へ座り、紙を撚る。昨日と同じ数、同じ力、同じ速さ。見た目はまことに美しく揃った。墓石も揃えば美しいですから、見た目だけなら大成功でございます。
「ほら、同じだ」
親方衆が束を並べると、卯之吉さんは満足そうに頷いた。わたくしの手が台から消えたことより、仕上がった本数が一割増えたことの方が大事らしい。一割。捻りを二回省き、戻りを十割増やす、たいへん威勢のよい勘定である。
最初のひと月、誰もわたくしを呼び止めなかった。家の者は同じ回数だけ捻り、卯之吉さんは同じ角度から眺め、親方衆は数が出たと笑った。
わたくしは朝の紙へ触れた。乾いていれば二回多いと知り、湿っていれば一回少ないと知り、それを口にしなかった。知っていることまで家の物ではございませんもの。舌は嫁入り道具に含まれていなかったはずです。
ふた月目、戻り物が二つ増えた。一つは蝶の羽が開き、一つは鶴の首が垂れていた。
「飾り方が悪い」
「運び方も雑だったんでしょうな」
家の者と親方衆が、それぞれ新しい責め先を見つけた。人の知恵は尽きません。捻りの回数だけは増やせないのに、言い訳なら一件につき二つ。紙より口を撚って売ればよろしいのでは?
箱へ蝶を一本、鶴を一本入れた。蓋が浮いたので、上から押した。押せば閉まるものは、まだ素直である。
三月目にも、わたくしの席は空いたままだった。捻り台には乾いた紙の粉が薄く積もり、誰かが袖で雑に払った筋だけが残った。
「おまえも、暇なら箱でも拭け」
「ええ」
わたくしはほどけ結びの箱を拭いた。中身ではなく、外だけを。卯之吉さんは、それでたいそう満足そうだった。
* * *
半年を待たず、結納の飾りが束で戻ってきた。鶴は翼を落とし、松は根元から割れ、梅だけが箱の隅で妙に元気よく跳ねている。お祝いより先に飾りが家へ帰るとは、ずいぶん親孝行な水引でございます。
「この紙は駄目だ」
卯之吉さんが一束を床へ放った。お麻さんが納めた紙である。乾きも厚みも揃っている。悪いところを探すなら、紙より近くに十本ほど候補がありました。卯之吉さんの両手に。
「同じ紙で、前は保ちました」
「なら、先方が濡らしたんだろう」
「晴れの日のお納めです」
「おまえはどちらの味方だ」
祝いをする方の味方、と申せば、また笑いが増える。わたくしは口を閉じた。祝いの日に家同士を結ぶ飾りが、こちらの夫婦より先にほどけるのは、いくら何でも働きすぎでございます。
戻り物の中に、秋へ嫁ぐ娘の品があった。母親が何度も色を選び直し、最後に「この赤なら」と箱を撫でていたものだ。わたくしはその手だけ覚えていた。
夜、家の者が引き上げてから、一本だけ紙をほどいた。窓を少し開ける。夜気の湿りを指の腹へ移し、昨日までより一回減らして捻り直す。
右へ四、戻して一、締めて二。紙の繊維が逆らう手前で止め、結びの腹を潰さないよう爪を滑らせた。たった一本。ほかまで直せば、また家の仕事になる。罪のない祝い一つだけなら、わたくしの勝手でよろしいでしょう。
名を入れず、翌朝の荷へ紛れ込ませた。卯之吉さんは本数を数え、親方衆は色を見ただけだった。一本の中に七回分の手間が増えたことなど、たいへん都合よく見えない。
お麻さんは荷を引き取りに来ると、束の中からその一本を抜いた。端を持ち、引く。結びは中央で締まり、羽の形を保った。
「これだけ違うね」
「同じ紙でございます」
「紙の話はしてないよ」
お麻さんは一本を元へ戻し、ほどけた方には触れなかった。褒めもせず、責めもせず、ただ結びの位置を覚えるように指で一度なぞった。
「秋の寄合へ来な」
「家の者として、でしょうか」
「あんたの手を連れておいで。ほかはいらない」
短い。逃げ道もない。わたくしは返事の代わりに、夜気で冷えた指を袂へ入れた。
* * *
寄合の席へ箱を抱えて入ると、卯之吉さんは笑いかけた。お麻さんが隣にいるのを見て、笑いの端がほんの少し細くなる。親方衆は並んだまま、いつものようにわたくしの席を末へ空けた。
「何だ、おまえも来たのか」
「千歳さんに来てもらった」
お麻さんが先に座った。町一番の結納を、この秋、誰へ任せるか。その話をする席だった。紙を扱う者、飾りを組む者、納め先の得意先が一人ずつ品を持ち寄っている。
「千歳はうちの嫁だ。呼ぶなら俺を通してもらわないと」
「頼んだのは、千歳さんの手だよ」
職人衆の一人が、見本の結びを卓へ置いた。反応はそれきりで、卯之吉さんを見もしない。手の話をする人は、口ほど横を向かないものらしい。
得意先も書付を開き、記された名を指した。
「こちらは千歳さんへ頼んだ。家の名へ頼んだ覚えはない」
「同じことだろう。嫁の仕事は家の仕事だ」
卯之吉さんの声が一段大きくなった。親方衆の前でわたくしへ向ける時だけよく通る、あの声である。ところが得意先が書付を閉じると、次の語尾は少し早くなった。
「だいたい、こいつがしていたのは紙を捻る程度で——」
わたくしは箱を卓へ置いた。蓋を開けると、赤と白のほどけ結びが押し合いながら現れた。春の簪、雨の松、羽を落とした蝶、首の垂れた鶴。どれも、蓋の下でまだ口を開けていた。
親方衆の一人が中を見た。次の一人は、その人の顔を見てから目を伏せた。誰も数えようとはしない。普段は百本、千本と数えたがる方々が、急に算術をお忘れになったらしい。
「こんなものを溜め込んで、何のつもりだ。戻りならどこの家にもある」
「ええ」
わたくしは箱の縁へ手を置いた。朝の湿りも、捻りの回数も、この時だけは数えなかった。
「わたくしは、四年、朝の湿りを見てまいりました。乾いた日も、雨の朝も、祝いのお家へ届いたあとまで結びが保つように、毎日、この手で加減してまいりました」
卯之吉さんの口元には、まだ笑いの形が残っていた。
「大げさに言うな。おまえ一人が仕事をしていたように聞こえるじゃないか」
「いいえ。わたくしが見てきた朝の話だけでございます」
「なら家へ戻って話せ。こんな席で夫へ恥をかかせるな」
低く言うと、卯之吉さんは親方衆へ笑い直そうとした。親方衆の口も、習い性でわずかに開く。
「これからは、わたくしの名で請けます。取るに足りない嫁の手遊びでございましたら、お引き止めには及びませんでしょう」
「千歳」
「これから申しますことも、どうか本気になさいませんよう」
わたくしは、卯之吉さんが四年かけて何度も置いた言葉を、同じ高さへそっと戻した。
「冗談でございましょう」
笑いかけた口のまま、卯之吉さんの声がなくなった。親方衆も続かなかった。誰の口も、どちらへも結べない。
まあ。四年分の囃し声を止めるのに要った言葉は、たった一つ。これほど手間のよい仕事をしたのは、嫁いで初めてでございます。
* * *
お麻さんは、寄合へ戻り物の箱も運び込ませた。ほどけた鶴、割れた松、羽の開いた蝶。その中に、一つだけ形を保った結びがある。わたくしが夜の湿りを読んで、捻り直した一本だった。
「引いてごらん」
お麻さんは親方衆の前へ二本を置いた。一つは家の者が同じ回数で捻ったもの。もう一つは、わたくしが一回減らしたもの。見た目だけなら、どちらも同じ赤と白である。
親方衆の一人が、先に家の結びを引いた。端が伸び、中央がゆるみ、鶴の首が傾く。もう一つへ指をかけると、結び目は引かれた分だけ締まり、羽を持ち上げた。
「紙は同じだよ」
お麻さんが言った。卯之吉さんは答えず、二本を取り替えて引いた。結果も取り替わらない。三度目には、指へ力を込めすぎて家の結びを千切った。
「千歳さんへ頼んだのは、これだ」
得意先が、残った一本を自分の側へ寄せた。
「秋の結納は、そちらの家へは回さない。千歳さんへ直接お願いする」
書付の「千歳」の下へ、秋の結納と納めの日が書き加えられた。墨が乾くまで、誰も口を挟まない。仕事が失われる瞬間というものは、もっと大きな音がするのかと思っていた。実際には、筆先が紙を擦るだけでございました。
卯之吉さんは寄合を飛び出し、家の捻り台へ戻った。わたくしたちも品を確かめるため後から店へ入り、空いた台の前で立ち止まった。
台には紙束がある。水も、糊も、鋏もある。足りないのはわたくしの手だけだった。
卯之吉さんは紙を取り、昨日まで家の者がしていた通りに捻った。一回、二回、三回。乾きに合わないところで紙が鳴り、表が毛羽立つ。
(結びなんぞ、紙さえ捻れば——)
その先は続かなかった。強く捻れば紙が割れ、弱めれば結びが戻る。親方衆も一人ずつ台へ手を出したが、同じ締まりにはならない。一人が失敗した結びを袖で隠し、残りは台の脚を眺めた。
わたくしは直さなかった。指を貸せば一回で済む。だから貸さない。四年分の手間を、今さら一回へ値引きするほど、わたくしは商い下手ではございません。
「紙を替えればいい」
卯之吉さんが言った。声は親方衆へ向けた時より細く、語尾だけが急いでいた。
「お好きな紙を」
お麻さんはそれで話を終えた。得意先は締まった一本を箱へ戻し、蓋を自分の手で閉じた。
* * *
「あんたの捻りに、うちは月いくら払えばいい?」
お麻さんは慰めの代わりに、書付を開いた。寄合の翌朝である。紙束を運び込ませ、捻り台の代わりになる低い机を店先へ置かせ、そのあとでようやく値を聞いた。
「捻りだけなら月に二分。結納一式は、仕立て賃を別にいただきます」
「安いね」
「では、三分」
「急に上げたね」
「わたくしの手は、今朝から値上がりいたしましたので」
お麻さんは鼻で一度笑い、書付へ三分と記した。家の親方衆なら笑い声を三つ付けるところを、お麻さんは銭を一つ増やす。わたくし、こちらの笑いの方が好きでございます。
「紙代はうち持ち。戻りがあれば、理由を見て次から直す。祝いの家に損はさせない」
「承知いたしました」
「今度は、あんたの名で受けな」
秋の結納箱が届いた。わたくしは朝ごとに紙へ触れ、乾けば二回増やし、雨なら一回減らした。数える癖は戻ったけれど、もう誰かの省いた手間を埋めるためではない。一回増やせば、その一回もわたくしの値になる。なんとまあ、回数というものは、正しく払われると急に愛想がよくなる。
鶴を結び、松を組み、最後に紅白の輪を締めた。得意先が両端を引いても、中央は崩れない。
「千歳さん、これで頼む」
「確かに承りました」
家の名は呼ばれなかった。わたくしの名だけが、結びより先に先方へ渡った。
納める前、箱を裏返した。これまでなら何もない場所へ、細い筆を置く。墨を含ませ、最初の一画を引いた。
千歳。
たった二文字なのに、捻りを三千回した日より指が重い。けれど墨は滲まず、箱の裏へきちんと収まった。お麻さんは横から一度見て、乾く前に触れるなとだけ言った。
得意先が箱を抱えて去ると、卯之吉さんが道の向こうから来た。親方衆はいない。一人になると、あの方の歩幅は妙に早い。
「千歳。勝手に家の得意先を持っていくな」
「わたくしへ頼まれたお仕事でございます」
「おまえが家の名を使いたいなら、使わせてやる。捻り台も元の席を空けてある。戻れば済む話だ」
空けたのは今朝でしょうか。わたくしが手を引いた最初の月には、誰も呼び止めなかった席である。空席にも旬がございます。半年も放っておけば、もう売り物にはなりません。
「離縁など、店先で口にすることじゃない。家へ戻れ。本気で言っているわけではないだろう」
わたくしは、自分の名が乾いた箱を抱えた。卯之吉さんの家には、空いた捻り台と、同じ回数でしか捻れない手が残る。どちらもわたくしが補う品ではない。
箱の裏の名は、ほどけません。わたくしが締めましたもの。
店先を離れ、振り返らずに申し上げた。
「冗談でございましょう」
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
「悪くなかったな」と思われたら、★や感想を残していってもらえると、とても励みになります。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




