98話 樹木の調査
「風宮さん、聞こえますか? ちょっと……不気味で気になるものを見つけました」
蒼太からの連絡だった。
俺――橙真は、風宮さんの隣でスピーカー越しにその声を聞いていた。
北側の調査をひと通り終えた俺たちは、境内へ戻ろうとしているところだった。
「何か見つけたのか?」
『はい。以前来たときには見覚えのなかった木を見つけました』
「木?」
『はい。それも、かなり大きな木です。あと……近づくと、嫌な感じがします』
風宮さんの表情が一瞬で引き締まる。
「分かった。今から向かう。光莉と一緒にその場にいろ」
『分かりました』
通話が切れると、風宮さんはすぐに別の番号へかけ始めた。
「碧羽たちにも連絡する」
「はい」
数回のコールの内に碧羽とつながった。
「風間。水沢が何か発見したらしい。今から南西集合だ」
『わかりました。すぐ向かいます』
これで、全員、南西側へ向かうことになった。
俺たちは急いで蒼太たちのいる場所へ向かう。
***
薄暗い林の中を進んでいく。
木々の間を抜けるたび、神社の境内から、遠ざかっていくような感覚があった。
やがて、前方に蒼太と花江さんの姿が見えてきた。
「風宮さん! 橙真!」
蒼太が手を上げる。
俺は蒼太の隣へ並んだ。
「それで、どこにあるんだ?」
「あっちです」
蒼太が指差した先へ視線を向ける。
「……」
俺は思わず言葉を失った。
そこには、周囲を圧倒する一本の巨大な木がそびえ立っていた。
周囲の木々とは明らかにスケールが違う。
ただ巨大なだけではない。
その木には、言葉では説明できない圧倒的な存在感があった。
「……こんな木、前に来たときにあったかな?」
「そうだよな」
蒼太が頷く。
「こんな木、見たら覚えてると思うんだけどな」
そのとき、林の向こうから碧羽たちもやって来た。
「お待たせしました」
碧羽が息を整えながら追いついてくる。
「これが、蒼太が見つけた木ですか?」
「ああ、そうだぜ」
碧羽も大木を見上げる。
「……大きいですね」
花江さんが静かに口を開いた。
「それだけではありません。蒼太くんが近づいたときには、何か違和感を感じたそうです」
「違和感か……」
碧羽が少しだけ眉を寄せる。
風宮さんが木の周囲を見渡した。
「まずは周辺を調べる。地中に何かが埋まっている可能性もある。慎重に調べろ」
「分かりました」
職員たちが散らばり、それぞれ周囲を調べ始める。
俺も木の近くへ歩いていく。
一歩。
また一歩。
近づくほど、胸の奥に妙な感覚が広がっていく。
「……」
俺は無意識に足を止めた。
「日向?」
風宮さんが振り返る。
「……俺も、何か嫌な感じがしてきて」
「何がだ?」
「分からないです。でも、この木……」
俺は巨大な幹を見上げる。
「普通の木じゃない気がします」
風宮さんは黙って木を見つめた。
その表情からも、何かを警戒していることが伝わってくる。
そのときだった。
「風宮さん!」
少し離れた場所から、花江さんの声が響いた。
「こっちに来てもらえますか?」
俺たちは顔を見合わせ、すぐに花江さんのところへ向かった。
***
花江さんが立っていたのは、大木の根元だった。
「ここです」
太く地面へ伸びた根の間を指差している。
最初は、ただ根が複雑に絡み合っているだけに見えた。
しかし――。
「……ん?」
俺は目を細める。
根の奥――。
何かが覗いている。
「……これ」
蒼太も気づいた。
「木の根元に……何かあります」
職員の一人が慎重に近づく。
根の隙間から土を払い、奥を確認する。
少しずつ、その姿が露わになっていく。
古びた木材と装飾。
そして――。
「……扉かな?」
碧羽が呟いた。
そこには、人一人が通れるほどの大きさの扉があった。
巨大な根が、その周囲を包み込んでいる。
まるで長い年月をかけて、木そのものが扉を取り込んでしまったかのようだった。
「こんなもの……いつからあるんだ」
蒼太が呟く。
風宮さんが扉へ近づいた。
「不用意に触るな」
俺たちは一斉に動きを止める。
風宮さんは扉の周囲を慎重に確認していく。
「罠のようなものは……見当たらない」
「でも、普通の扉じゃないですよね」
「ああ」
風宮さんが頷く。
俺は扉を見つめた。
なぜだろう。
初めて見るはずなのに――この扉を見ていると、胸の奥が妙にざわつく。
まるで、この扉の向こうにあるものを、俺自身が知っているかのように。
***
ザッ……。
背後から、土を踏む音が聞こえた。
「……!」
全員が一斉に振り返る。
誰もいない。
木々が風に揺れているだけだ。
風宮さんが警戒を強める。
「お前は何者だ?」
返事はない。
しかし――もう一度。
ザッ……。
今度は、はっきり聞こえた。
俺たちの背後。
少し離れた木々の間から、一人の人影がゆっくりと姿を現した。
「誰……?」
碧羽が小さく呟く。
その人物は、白い装束に身を包んだ巫女だった。
こちらをまっすぐ見つめながら、静かに歩いてくる。
風宮さんが俺たちの前へ出た。
「そこで止まれ」
巫女は足を止めた。
しかし、敵意を見せることはなかった。
ただ、俺たちの後ろにある扉へ視線を向けている。
その表情には、どこか悲しげなものが浮かんでいた。
しばらく扉を見つめた後、巫女は静かに口を開いた。
「……これは、大切なものです」
風宮さんが問いかける。
「お前は何者だ?」
巫女はゆっくりと俺たちへ視線を戻した。
そして、穏やかな声で答えた。
「その扉の守り人、とでも言えばいいでしょうか」
俺たちは誰も言葉を返せなかった。
ただ一人、巫女は長い年月を見届けてきたかのように、静かに扉を見つめていた――。




