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108話 戦いの開始

「カマエル様」


 鳥山さんが、静かに頭を下げた。


 その姿を見た瞬間――。


「……」


 風宮さんが、言葉を失った。


「……鳥山、総括官……?」


 花江さんも、驚いた表情を浮かべている。


 俺――橙真には、あの人が誰なのか分からない。


 ただ、二人の反応を見る限り、普通の相手ではないことだけは分かった。


「私は最初から、カマエル様側だ」


 鳥山さんは淡々と告げる。


「そんな……」


 花江さんが小さく呟いた。


「防災対策課の最高責任者であるあなたが……」

「その立場だったからこそ、できたこともあった」


 鳥山さんは、表情を変えない。


 風宮さんが拳を握る。


「……月影を殺した件もか」


 その声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。


 カマエルが静かに答える。


「月影は、知りすぎました」

「……っ」

「だから、殺したのです」


 俺の胸の奥が、強く締めつけられる。


 月影さんを殺したのは――こいつだ。


「……ふざけるな」


 俺は低く呟いていた。


 カマエルは、ゆっくりと俺を見る。


「あなたには、理解できないでしょうね」

「当たり前だ!」


 俺は声を荒らげた。


「人を殺しておいて……そんな顔で話せるのかよ!」


 カマエルは、何も答えなかった。


 そのとき――。


「……まだいる」


 碧羽が呟いた。


 俺たちは一斉に森の奥へ視線を向ける。


 壊れた社殿の向こうから、人影がいくつも現れた。


「防災対策課の人たち……?」


 花江さんが目を見開く。


 数人の隊員が、こちらへ歩いてくる。


 その姿だけを見れば、何もおかしくない。


 だが――俺は、その姿を見た瞬間、嫌な予感を覚えた。


「……まさか」


 蒼太が呟く。


 隊員の一人が、突然地面へ倒れた。


 次の瞬間、ぐらりと身体を起こした。


 首が、不自然な方向へ曲がっている。


「……やっぱり」


 蒼太の表情が険しくなる。


 碧羽も弓を構えた。


「また、シエリオ……」


 二人は知っている。


 以前にも見た。


 死者を操る、シエリオの力。


 シエリオが静かに笑った。


「その人たちは、すでに死んでいますよ」

「分かってる」


 蒼太が叫ぶ。


「前にも見たんだ!」

「そうでしたね」


 シエリオが指を動かす。


 その瞬間、隊員たちの身体が一斉にこちらへ向いた。


「来る!」

「今度こそ、止める!」


 碧羽が一歩前へ出る。


 風を纏った矢を番える。


「碧羽、無理するなよ」

「分かってる!」


 矢が放たれた。


 風を纏った矢が地面を削り、迫ってくる遺体の足元を撃ち抜く。


 数人が倒れた。


 しかし――すぐに立ち上がる。


「やっぱり、普通の攻撃じゃ止まらないよね」


 碧羽が歯を食いしばる。


「だったら、動きを封じる!」


 蒼太が地面へ手を向ける。


 一瞬で冷気が広がり、遺体の足元が凍りついた。


「これなら!」


 蒼太と碧羽は、遺体の動きを抑えながら後退していく。


***


 一方、俺――風宮さんは、鳥山さんの前に立った。


「……なぜですか」


 その声は低かった。


「なぜ、こんなことをするんですか」

「世界を変えるためだ」


 鳥山さんが右手を上げる。


 その瞬間――空間から黒い鎖が現れた。


「っ!」


 俺は横へ飛ぶ。


 鎖が地面を叩き、大きな亀裂が走った。


「私たちには、やるべきことがある」

「それが……カマエルに従うことですか?」

「ああ」


 再び鎖が伸びる。


 俺は、それを紙一重で躱した。


***


 その頃、俺――橙真はカマエルと向き合っていた。


 周囲では、すでに戦いが始まっている。


 けれど、カマエルだけは動かない。


「……どうして」


 俺は睨みつける。


「どうして、俺には攻撃しないんですか?」

「言ったでしょう」

「役目……」

「ええ」

「俺がプロメテウスの覚醒者かもしれないから?」


 カマエルは否定しなかった。


「あなたの炎には、その可能性があります」

「だから……俺を利用するつもりなのか?」

「利用する、という言葉は正しくありません」

「同じだろ!」


 俺は声を荒らげた。


「月影さんを殺して、俺たちまで殺そうとして、それで俺だけが必要だから残すって……そんなの、納得できるわけないだろ!」


 カマエルは、そんな俺を見つめたまま静かに言った。


「あなたには、まだ役目があります」

「だから何なんだよ、その役目って!」

「それは、まだ教えられません」

「ふざけるな!」


 怒りで身体が震える。


 カマエルは、そんな俺を見つめたまま告げた。


「ですが、あなた以外は必要ありません」


 その言葉に、背筋が凍った。


「……何?」

「橙真以外は、全員殺します」

「……っ!」

「そんなことさせるか!」


 俺が叫んだ瞬間――。


 蒼太が氷を叩きつける。

 碧羽の矢が風を切り裂く。

 風宮さんも鎖をかわしながら、鳥山さんとの距離を詰めていく。

 花江さんは両手を広げた。


 その掌に、眩い光が集まり始める。


 カマエルは、それを見ても動かなかった。


 俺は炎を掌に宿す。


 赤い光が揺らめく。


 けれど――右耳には、まだイヤホンがある。


 外してはいけない。

 分かっている。


 それでも、目の前のカマエルを見ていると、怒りを抑えきれなくなりそうだった。


「……絶対に、許さない」


 俺はカマエルを睨みつける。


「それで構いませんよ」


 その瞬間――彼女の背後から、黒い翼が大きく広がった。


「……さあ、始めましょうか」


 カマエルが一歩踏み出す。


 俺も身構えた。


 同時に、別の場所では鎖が弾け、氷と風が舞い上がる。


 三つの戦場が、同時に動き始める。


 ――俺たちは、生きてここから逃げなければならない。

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