13話 海 二
朝、目覚めると、潮の香がした。
普段では感じることのない匂いに、海に来たことを実感する。
隣のベッドでは、春子がまだ寝息を立てている。
昨日、断崖絶壁の上に立って景色を見ているとき、私は心配していた。
春子に霊が寄って来るのではないかと・・・。
幸いなことに、それは杞憂に終わり、昨日は心穏やかに一日を終えることができた。
今日は浜辺で遊ぶことになっているけど、何事も起こりませんようにと、春子の寝顔を見ながら祈った。
「ワオ!今日は風もないし、ボート日和だなあ。」
浜辺に着くと、裕太は嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。
二人乗り用のボートが、浜辺に五艇引き上げられていて、そのうちの二艇を使って今から海に漕ぎ出す。
「俺が春子と乗るから、卓弥は麗奈とな。いいよな。」
はしゃいでいた理由は、春子と一緒にボートに乗れるからだったようで、裕太は何ともわかりやすい。
私は別に反対する気もなかったので、肯定する代わりに卓弥を見た。
「ああ、わかったよ。」
ぶっきらぼうに卓弥は答えたが、嫌そうでなかったのでほっとする。
私たちは穏やかな海に舟を出し、裕太と卓弥がそれぞれにオールを使って漕ぎ出した。
念のためにライフジャケットは着ているが、できれば、海に投げだされたくはない。
ボートは、昨日見た断崖絶壁の近くまで来た。
今日の一番の目的が、あの崖を下から見ようということだったので、ここまで来たら、後は引き返すだけだ。
「ずっと漕いでくれてるけど、疲れてない?」
「ああ、大丈夫だ。俺は修行でそれなりに鍛えてるからな。」
卓弥は寺でする修業が忙しくて、部活動には入部していない。
座禅や写経以外にも、体力をつける修業があると言っていた。
「それよりも裕太が心配だな。なにせ、金持ちのボンボンだから・・・」
そう言われて、裕太と春子が乗っているボートに視線を移した。
ん? 何かおかしい。裕太が困った顔をしている。
目を凝らしてよく見たら、裕太がオールを動かそうとしているのに、まるでオールが何かに引っかかっているかのように、動いていなかった。
裕太は動かないオールを握り、焦っているようだ。
「どうしたんだ? 何があったんだ?」
卓弥も異変に気付いた。
卓弥は、裕太のボートに向かって漕ぎ出した。
私は裕太のボートを見て、ギョッとした。
海から手がにゅっと伸びてきて、オールを掴んだのだ。
初めは1つだった手が、2つ3つと増えて行く・・・。
数えきれないほどの手が伸びてきて、次は裕太のボートをゆさゆさと揺らし始めた。




