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神の器と嘘つきな皇太子  作者: ゆうきあさひ


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第3章 銀髪の幼子、皇太子の誓い  第2話 守られていた記憶

同じ頃。

冬宮の一室で、エルフリーデは窓辺に座り、指先でガラスをなぞっていた。薄く曇った窓に、白い息がふわりと広がる。外では、まだ雪にはならない細かな粉雪が舞っている。その向こうに、遠く街並みと皇城の塔が見えた。

……また、考え事をしてしまっているわね。

 自覚するたびに、エルフリーデは小さく首を振った。最近、自分でもおかしいと思うほど心が後ろ向きだ。銀の髪が、少し伸びた前髪ごと肩へ落ちる。光を受けて淡くきらめくその色を、彼女は心のどこかで「不安の色」とさえ感じ始めていた。ふと、窓に映る自分の姿を見つめる。

プラチナブロンド──銀に近い髪。

深い碧の瞳。

帝都の多くの人々が「美しい」と言ってくれる容姿。

けれどディアス侯爵家に残る肖像画のどれとも似ていない。

……私、本当にディアス家の娘なのかしら。そう考えてしまうと、自分で自分が嫌になる。

あの日のことを、思い出した。

 ――三歳の冬。

 馬車が、大きく揺れた。

 雪混じりの道を進む車輪が、がくん、と跳ねる感触。

 馬のいななき。

 護衛の叫び声。

 何かが砕ける音。

 何が起きているのか、幼いエルフリーデには分からなかった。

 父からの最後のキス、母の腕の温かさ、兄レオが泣きそうな顔で、それでも必死に私を抱えて走った事。

『エル、大丈夫だ。俺がいる。絶対に離さない』

その声だけが、世界の中で唯一の“地面”だった。

そして──次の記憶は、皇城の明るい大広間だった。

高い天井。

冷たい石の床。

でも、誰かの腕の中はやっぱり温かくて。

『大丈夫よ。あなたは今日から、ここで守られるのよ』

優しい声。皇后陛下の胸元だった。あのとき、レオナルトがどんな顔で陛下に跪いたのか。父の親友だった陛下が、どんな思いでエルフリーデを見つめたのか。詳しく覚えてはいない。

覚えているのは──泣き疲れて眠る自分の額に、誰かの指がそっと触れた感覚。

そして、耳元で低く囁かれた少年の声。

『……僕が守るよ』

その声の主が、後に夫となる皇太子アレクシウスだと知ったのは、ずっと後のことだった。


両親が亡くなった後、兄レオナルトは十三歳で侯爵位を継いだ。

 だが、領地を治めるには幼すぎると言う理由で帝国の慣例どおり、領地の実務は代理人と執事たちに任され、レオナルトとエルフリーデは皇帝陛下の庇護のもと皇城で暮らすことになった。エルフリーデが四歳になった頃には、アレクと婚約をして、皇城での生活はすでに「日常」になりつつあった。

兄は皇太子アレクシウスと剣と学問の授業に追われ、更にアレクシウスは時期皇帝としての英才教育と軍の訓練に追われ、まだ幼いエルには、そんな難しいことは分からなかった。

 

皇后陛下は、娘ができたかのようにエルフリーデを可愛がってくれたし、皇帝陛下も時折ふらりと現れては髪を撫でてくれた。そして──時おり兄とアレクシウスが私を連れてピクニックしてくれたり、ニコと一緒にかくれんぼや追いかけっこをして遊んでくれた事を覚えている。あの頃の私は兄とアレク様とニコが世界の全てだった。

 逆にアレクシウスも兄も、私との関わりに癒しを求めている様だった。

厳しい訓練を終えたあと。

書庫で難しい本を読んでいるとき。

ダンスやマナーの講義のあと。

彼らの視線の先には時折、銀の髪を揺らしながら小さな足で走るエルの姿があった。


エルフリーデが6歳の頃のある日。

ニコラウス、レオナルトと、珍しく政務を抜けてきたアレクシウスの四人で遊んでいた日のこと。鬼ごっこに夢中になったニコが、皇后の私室の壁を勢いよく押した。

「わっ……!?」

小さな音を立てて、壁の一部が奥へ沈む。続いて、風が抜けるような空洞の気配。

「アレク様……ここ……お部屋じゃ、ありませんわよね……?」

恐々と、でも興味深く通路の奥を見た。

「……多分避難用の旧通路だ。図面には載っていないはずだが……」

「殿下、塞いだ方が……」

アレクはエルの手を取りながら、淡々と答えた。

「通路は残しておく。知っているかどうかが、生死を分けることもあるからな。よし、こっそり探検しよう!」

後にニコラウスはこの時の事を笑って言った。

「この頃から既に兄上は……将来の、先のことばかり考えていたんだな。あれって探検って言いながら、俺たちをダシに使って頭に通路の地図を記憶させてたと思う」

だがその当時はエルフリーデもニコラウスも、その意図に気づかずただ探検を楽しんだ。あのワクワク感とアレクシウスの手の温もりだけを覚えている。

 

――思い出に浸り現実に戻る頃には、窓の外はすっかり日が暮れていた。

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