第3章 銀髪の幼子、皇太子の誓い 第1話 巡礼者は帝都へ入る
冬の朝。
帝都オルデンの南門近くの石畳を、一人の巡礼者がゆっくりと歩いていた。
粗末な外套。安物の革靴。肩に提げた布袋から、木でできた十字の祈祷具が顔を覗かせる。
(……帝都か)
男は足を止めると、城下町越しに遠くそびえる皇城を見上げた。白い石で築かれた巨大な城は、冬の薄曇りの下でもなお威光を放っている。
「巡礼証を拝見」
門番が飾り気のない声で言う。巡礼者は、静かに首から下げた木札を差し出した。バシレイオス総本山発行の正式な証だ。
門番は木札の印を確認し、軽く顎を引く。
「よし。祈りの道へようこそ、巡礼者どの。帝都の滞在は三十日間だ。問題を起こすなよ」
「感謝を」
男は軽く十字を切り、城門をくぐった。
……その瞬間。
門の影から、その巡礼者の背をじっと見ていた視線があった。黒衣に身を包んだ男が、ゆっくりと細い目を細める。皇族直属の影──帝都の闇を監視する者たち。
(……信徒にしては、視線がよく動く)
巡礼者は辺りをきょろきょろ見回している。だが、その目線は風景や店ではなく、「人の流れ」と「警備の配置」にばかり向いていた。
(警備の薄い通り、衛兵の交代時間……か。こいつは“信心”より別のものを持ってここに来ている)
黒衣の男は、あえて後を追わなかった。巡礼者の行き先は、すでに計算に入っている。
皇太子夫妻が暮らす冬宮の周りには、すでに目に見えぬ網が張られているのだ。
「……あとは、あちら側の視線が、どこまで届くかだな」
皇家お抱えの影は、石畳に溶けるように姿を消した。




