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神の器と嘘つきな皇太子  作者: ゆうきあさひ


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第9章 三つの敵が動く前夜  第3話

重厚な扉がゆっくりと開いた。

議場に満ちていたざわめきが一瞬で収束し、

百を超える視線が皇太子夫妻へと突き刺さる。


白衣の教会使節。

紋章を掲げた各領主。

議員、貴族、軍人。

中央の高座には皇帝。


すべての視線が――“神の器”を抱えた帝国の中枢へと集まっていた。

エルフリーデは思わず息を呑む。

火照るような視線と、冷たい視線と、値踏みするような視線。

アレクシウスは彼女の手を一度軽く握り、そのまま平然とした顔で議場を見渡した。

「――これより緊急帝国議会を開く」

皇帝の槌音が、空気に硬い輪を描く。

最初に立ち上がったのは、白衣の枢機卿マグノだった。

「陛下。神の器は本来、我ら国教会が保護すべき存在――」

「却下だ」

アレクシウスの声が、刃のように落ちた。

議場の空気がひりつく。

「殿下、しかし――国家と宗教の均衡が……!」

「均衡?」

 ゆっくりと枢機卿の方へ向き直る。

「三千の巡礼者を城門へ送り、暴徒化寸前の集団を動かし、妃殿下の引き渡しを要求する――」

一拍置いて、冷ややかに続けた。

「それが均衡か?」

枢機卿の顔から血の気が引いていく。

議場の端々で、小さく驚きの息が漏れた。

胸の奥がざわりと揺れるのを感じたエルフリーデは

アレクシウスの声が氷のようなのに、どこか燃えていると思った。

(……怒っている。わたくしのために……)

枢機卿へ近づいたアレクシウスが、まるで“斬る”ように静かに告げた。

「国教会は神の器を守りたいのではない。利用したいだけだ」

ざわっ……!

教会席が大きく揺れた。 

アレクシウスが影の長へ顎をわずかに動かす。

黒い封筒が皇帝の前へ置かれる。

その瞬間、議場全体の空気が――変わった。


息を呑む音、喉が動く音、椅子のきしみ。

すべてが何かが終わる予感を帯びていた。

アレクシウスは静かに言う。

「陛下。――モレノ大司教とコンラート司祭の不正の証拠です。」

皇帝が封筒を開いた瞬間、議場の奥で誰かが短く息を呑んだ。

影の長が、淡々と説明を始める。

孤児院支援金の水増し。

帳簿改ざんの制度化。

指定商人との裏取引。

巡礼者三千人の動員費を“聖務費”として計上。

そして――

ゼラニア王国への献金。

妃殿下の“ 引き渡しを記した密約文。

議場は凍り付いたまま動かない。

アレクシウスは誰を見ることなく、前だけを向いて言った。

「――この腐敗は、国教会の問題ではない。モレノとコンラートの暴走です」

皇帝は深く、重く告げる。

「モレノ大司教とコンラート司祭を拘束せよ」

その瞬間、議場がざわりと震えた。

「大司教を……!?」

「帝国が……教会に刃を……!?」

「いや、違う……腐敗の切除だ……!」

「国教会は信仰の砦であり、民の心の拠り所だ。だが私利私欲の蛇を抱えたままでは、民は離れる。ゆえに切除する」

枢機卿たちは沈黙した。もはや反論は一言も出ない。

「……次は反皇太子を掲げるもの達だな」

アレクシウスはゆっくりと振り返り睨みつける。

議場の赤い席――反皇太子派。

議場は静まり返っていた。

若ハインリヒェン侯ルーディガーがついに耐えきれず叫ぶ。

「な、何を根拠に我々を疑うのですか……!」

アレクシウスは淡々と答える。

「根拠?――君たちが動ける状況を作りたがっていたからだ。」

若侯爵の喉がひきつった。その瞬間、アレクシウスの視線が彼を射抜く。

「君たちの目的は神の器ではない。本当に恐れていたのは、――私だろう?」

議場がざわめき、反皇太子派の席に緊張が走った。

「……違う……!妃殿下の紋様が帝国を混乱に――」

アレクシウスが言葉を切り裂くように遮る。

「紋様はただの口実だ。前侯爵、そして君たちは十年以上、私を避け続けてきた。視線も、会話も、政治の場からも。」

若侯爵ルーディガーの顔から血の気が引く。アレクは一歩だけ前に進んだ。その動きは静かなのに、議場全体が後ずさったように感じられた。

「――言え。私が暴君になると恐れていたのだろう。」

若侯爵は崩れ落ちるように椅子へ手をつく。

ついに、絞り出すような声で告白した。

「父は……過去の帝国の皇帝を調べ上げ、歴史上……天才の皇子は、帝国を救うか……滅ぼすか……どちらかだと、ずっと言っていた。アレクシウス殿下の才はあまりにも鋭く……我らには、理解できぬほど先を行かれる……。ついていけぬ者にとっては、それは恐怖に他なりません!

殿下が情を切り捨てるように見える瞬間、冷酷な決断を迷わず下される姿……それらが、かつて帝国を動揺させたあの皇子に酷似していると……どうしても思えてしまったのです……」

議場がざわりと揺れた。

続けるように侯爵は震える声で言う。

「だから……我らは弟君、ニコラウス殿下を推していました。穏やかで、帝国を壊す心配がないと……あなたの才が間違った方向へ向かう未来を恐れたのです……!」

アレクシウスは静かに目を伏せ、そして冷たく問う。

「それで――エルフリーデを利用したわけか?」

若侯爵は震えながら口を開く。

「……紋様の件は……我らの恐怖に最後の火をつけただけです。神の器が皇太子妃となり、もし殿下が天才のまま孤高に歩まれれば……帝国は、誰にも止められぬ暴走をするのではと……!」

その瞬間。

アレクの声は、議場の温度を一瞬で氷点下に落とした。

「暴走するのは、私ではない。自分たちの無力を直視できない者たちのほうだ。」

議場が震えた。

「お前たちは、私が恐いのではない。理解できないものを排除したかっただけだ。」

若侯爵は息を詰まらせた。

アレクシウスの声はなおも静かに続く。

「君たちが恐れていたのは、自分たちが未来を読めないという事実だ。それを認められず、政治の不安をエルフリーデに押し付けただけ。」

若侯爵の肩が震え、完全に沈黙した。

アレクシウスは反皇太子派を静かに見渡し、逃げ場を奪われたように押し黙る議場を一度だけ確認すると、ゆっくりと背を向けた。

そして振り返らずに、低く、決して逆らえない声で告げた。

「――話は、これで終わりだ。」

その一言が落ちた瞬間、議場全体の空気が沈み、反皇太子派は誰ひとり声を上げられなかった。皇帝の槌音が、静寂を割って響いた。

「……以上だ。」

その声音ひとつで、反皇太子派は完全に崩れた。

若侯爵は、もはや反論する気力さえ持たなかった。

皇帝が重い槌音を鳴らした。

「反皇太子派への裁定は追って下す。どの家門がその派閥か全て調べているぞ。逃げるなどとバカな事は考えず沙汰があるまで自宅で蟄居。軍の監視をつける。 まずは――モレノ達の処分と、この帝国を揺るがせた不正を清算する。」

議場はついに沈黙に沈んだ。

皇帝が槌を鳴らし、終わらせた。

議場の空気が一気に散り始めた瞬間――アレクシウスはエルフリーデの手を取った。

彼女は驚いて顔を上げると、アレクシウスは誰にも聞こえない声で言った。

「フリーデ。ここからが本当の戦だ」

その瞳には、深い怒りと、彼女への愛が同時に宿っていた。


♦︎♦︎♦︎♦︎

帝国迎賓館・最上階。

イザベラがワインを回しながら、窓の外を眺めていた。

「ふふ……皇太子殿下は、揺れているわ。あんなに私の存在を乱したのだから」

侍従が震える声で言う。

「妃殿下を……憎んでおられるのですか?」

イザベラは首を振り、幼い頃アレクからもらった銀の飾りを指で撫でた。

「違うわ。私はただ、アレクの未来を壊したいだけ」

狂気の光が、ゆらりと揺れた。

さらに北端――ゼラニア将軍レオポルトは黒影部隊へ静かに命じる。

「動くのは明朝の皇帝会議の時間。帝国の心臓が最も隙を見せる瞬間だ―エルフリーデ妃殿下を、奪う」

その声に迷いは一欠片もなかった。

 

アレクシウスは誰もいなくなった議場を出る直前、父皇帝に向かって密かに囁く。

「三勢力が牙を剥く夜。先程の追撃では諦めきれない反皇太子派が動くのは――今夜です。詳しくは後ほど」

エルフリーデが息を呑む。アレクは彼女の手を包み、静かに告げた。

「だから――奪われたように見せる。囮になるんだ」

「……アレク様……!」

「安心しろ。君に触れさせはしない。だが敵を一気に炙り出し、三勢力を同時に叩くには――これしかない」

エルフリーデは震えながらも、強く頷いた。

「わたくし……アレク様を信じます」

アレクシウスの瞳が、わずかに揺れた。

「ありがとう、フリーデ」

その瞬間――

帝都の闇は、完全に彼らへ牙を向け始めた。


議会が終わる頃には、外の空はすでに群青の底へ沈んでいた。夜が降りる――それは帝都にとって、三つの影が動き出す合図でもあった。

アレクシウスはエルフリーデの手を離さないまま、皇城の奥、側近たちしか知らぬ回廊へと歩いた。

誰も言葉を発しない。廊下に響くのは、二人の靴音だけ。

しかし、その静寂の奥底では――帝都そのものが軋んでいるような気配があった。


重厚な扉を開けると、皇帝、軍務卿、影の長、近衛隊長ゲルト、レオナルトらがすでに集まっていた。

アレクシウスはエルフリーデの腰をそっと支え、彼女を椅子へ座らせる。

「――まず状況確認だ。レオ、報告を」

レオナルトは頷き、巻物を広げた。

「モレノとコンラート拘束の報はまだ広まっていない。しかし城門前の巡礼者三千は、祈りの名を借りた封鎖を継続中。彼らは夜明け前に儀式を始める予定らしい。それはつまり――暴徒化の合図だ。」

「反皇太子派の動きは?」

「若ハインリヒェン侯が私兵を再配置した模様。王宮外縁の三ヶ所に武装集団が確認されている。正式な陣形ではなく、襲撃の前段階だな。軍の監視はつけているが、隙を作る様に指示済みだ」

「ゼラニア側は」

「密使は動かず。代わりに、将軍レオポルト本人が潜伏しているとの情報が確定。」

影の長が低い声で言う。

「将軍レオポルトが動く……それは、ゼラニアが本気で奪う気だということです」

エルフリーデは指先を握りしめた。

……本当に、わたくしを……?

彼女の手へそっと触れたアレクシウスは視線を戻しながら告げた。

「ならば――こちらも本気を出すだけだ」


軍務卿がアレクへ問う。

「殿下……奪われたように見せるとは、具体的に?」

帝都の地図に指を置くと皆の視線がそこに集まる。

「ゼラニアは皇后私室の隠し通路を狙っている。反皇太子派は諦めた様に見せかけて、議会内の混乱を利用し皇太子妃の所在不明を演出しようとしている。国教会は妃殿下を――神殿へ移送されたという噂を流したい」

三勢力。

三つの思惑。

アレクはその中心を指した。

「――全部まとめて、逆手に取る」

レオナルトが息を呑む。

エルフリーデの方を向いたアレクシウスはまっすぐ、彼女だけを見た。

「フリーデ」

「……はい」

「君を安全な場所に移すだけでは、敵は動かない。

 君が移されたように見える状況を作らねばならない」

喉がひりつく。

――わたくしを、囮に……

彼女の手を包み込み、

「大丈夫だ。実際に連れ去らせはしない。その前に敵の動きを封じる」

優しい声なのに、奥底には鋼の意思があった。

「君を守るのは、私だ」


静かな沈黙が落ちた。

エルフリーデは、自分の胸に手を当てた。

怖い。怖くて、膝が震える。でも――

わたくしを巡って、多くの人が争っている。アレク様にだけ、全部背負わせるなんて……できない。

顔を上げたエルフリーデは力強く答えた。

「わたくし、やります。アレク様の力になりたいのです」

その声は震えていたが、確かな強さを持っていた。

アレクは驚いたように目を見開き―次の瞬間、微かに笑った。

「ありがとう。でも、君の協力は覚悟だけで十分だ。危険には晒さない」

心に温かいものが満ちた。

わたくし……守られてばかりではなく、ちゃんと隣に立てているのでしょうか……

アレクシウスは軍務卿へ命じた。

「まずは城内に誤報を流す。妃殿下が体調悪化で皇后私室から移送されたと」

その文言を聞いただけで、影の長が意味を理解した。

「移送の際、正面ルートを示すのですね。しかし実際は……?」

アレクは、皇后私室の裏側――古い礼拝堂へ続く隠し通路を指した。

「フリーデ、覚えてる?昔、ニコとレオの私たち4人で探検したあの隠し通路だ。」

 エルフリーデはハッと当時の事を思い出した。

 「ここへ移動する。ゼラニアも反皇太子派も、必ずこの動きを察知する。そして奪いに来る」

だがその入口には――

「近衛騎士を帝国最精鋭だけで固める。敵が動いた瞬間に、一網打尽だ」

ゲルトが拳を胸に当てる。

「妃殿下の元に一歩たりとも通させません」

エルフリーデは小さく笑みを返した。

レオナルトが苦い顔で言う。

「巡礼者三千……火がつけば収拾がつかない。モレノとコンラート拘束を明かすのは危険では?」

アレクシウスは静かに首を振る。

「いいや。夜明けと同時に明かす。彼らが祈りの最中に指導者を失えば――崩壊は早い」

軍務卿が唸なりながら告げる。

「殿下……三方向の勢力がすべて同時に崩れるよう仕向けているのですね」

「そうだ」

アレクは迷いなく言い切った。

「まとめて潰す」

「……はぁ――。」

 レオナルトが大きくため息をつく。

「ハインリヒェン侯爵の家督交代の時、病弱とはいえ長子を差し置いて次男のルーディガーに家督継承させた事、変だとは思ったんだ……。前侯爵の思想をルーディガーは色濃く受け継いでたんだな。それを今日で完全に断ち切るのか」

「……以前紳士倶楽部に顔を出してた時に、ハインリヒェン侯長子のアンセルムと仲良くなってね。彼から相談受けていたんだ。父親と弟がいつか暴走しそうだってね。」

「……アンセルムはどうなる?」

「今回で侯爵家は完全に取り潰され、一族郎党処刑は免れない。あそこは確か子爵位もあった筈だ。裁判でアンセルムが何も加担していないと証明されれば、子爵位を引き継げば良い。本当に何もしていなければ、ね。」

 その答えにレオナルトは背筋が凍った。アンセルムからの打診とはいえ、父と弟が暴走した時、恐らく自分だけは助けて欲しいと思っていた筈だ。その為にリークした。

………けれど。

反皇太子派は、アレクを恐れての背信行為だがその実、ニコを傀儡にして帝国を牛耳る思惑もあった筈。エルフリーデを重要視していない、何なら子供が居ないと侮辱行為すらしていた事を思うと、この答え合わせはしたく無い。

アレクはエルフリーデの事になると……。アンセルムは相談相手を間違えた。もしくは、そう仕向けたか……。

レオナルトは、この底の知れない義弟の、暴君の姿を垣間見た気がした。

  

打ち合わせがひと段落した頃。

アレクはエルをそっと部屋の隅へ連れていく。

「フリーデ」

「……はい」

「本当は……囮にするなんて、したくなかった」

意外なほど弱い声だった。

「君に怖い思いをさせたくない。誰にも触れさせたくない。名前すら、誰にも呼ばせたくない。だけど……今回は帝国の心臓部が狙われている」

アレクシウスの視線が、ほんの少しだけ揺れる。

……アレク様……

エルフリーデの胸に、熱いものが広がった。

「わたくしは……大丈夫です。わたくしを守るためにアレク様が戦ってくださるのなら……わたくしも戦います」

短く息を呑んだアレクシウスは彼女の手をそっと握りしめる。

「君は……本当に……私を困らせる」

その声には、愛と痛みが混じっていた。


作戦指示が終わり、各部署が散っていく。

軍人たちが駆け出し、影の部隊が闇に消え、伝令が全方位へ走る。皇城は巨大な機械のように、静かに、しかし確実に戦の準備を始めていた。

残ったのは、アレクシウスとエルフリーデ、そしてレオナルトだけ。

「アレク。本当に……今夜で決着をつけるつもりなのか」

レオナルトが不安げに聞くとアレクシウスは振り返り、短くうなずく。

「終わらせる。この国を脅かすすべてを――今夜で」

レオナルトの目に戦士の光が宿った。

「……なら俺は、お前の剣となる」

アレクシウスは口元だけで微かに笑った。

「頼りにしているよ、義兄上」


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