第7章 デルミア遠征 崖崩れと光 第1話
大地が裂けたあと、崩れた岩や土砂が一気に崖下に落ちていった。
エルフリーデの乗った馬車はかろうじて無事だったが、護衛のテオとオスカーの2人が巻き込まれてしまった。
レオナルトが帝都へ向けて馬を走らせた直後。
あたりには、崩落直後の異様な静けさが広がっていた。
湿った泥の匂い。
土煙がまだ空気に残り、斜面は不気味なほど静止している。
ふいに、胸の奥で記憶が裂ける。
テオの声は、いつも光を連れてきた。兵舎の子どもたちに木剣を教えながら、振り返って笑うその横顔――
弱気になりかける瞬間ほど、彼は明るくわたくしを照らした。――結婚を約束した幼馴染だっていたのに。
それにオスカーは、言葉より先に動く人だった。危険に最初に気づき、最後まで盾になる。馬具に触れる指の硬さも、その奥に潜む誠実さも、昨日の温度で思い出せる。
――その二人が、今、闇の底にいる。
崩れた土砂の向こう。呼べば届きそうで、同時に、永遠に失われるかもしれない距離。息が、喉の奥で固まった。
「……妃殿下、ここは危険です。団長の指示通り領主館へ戻りましょう」
ゲルトの声が掠れる。平静を装ったその裏に、焦燥が剥き出しになっていた。
常識は言う――諦めろ、と。希望は愚かだ――と。
だが、愚かで構わない。わずかな可能性でも掴む。そのために、生きている。置き去りにはできない。家族だから――。
土砂に埋まった斜面。崩れた直後の混乱で、二人が巻き込まれたのは確かだった。けれど、この旅で家族のように接してきた護衛達。
その一員として――エルフリーデは見捨てることができなかった。だが、常識ではどうにもならない。
数トンはある土砂の下に、人が生きたまま残っている可能性など……
「妃殿下……今、救助は無理です。救援を待つしか――」
ゲルトの言葉が終わるより早く。
エルの額が突然、焼けるような熱を持った。
「……っ」
耳鳴りがして、視界の色が変わる。
砂埃で真っ白だったはずの空気が、すっと澄んだようにクリアになった。
そのとき――
崖下で微かに動く青が見えた。
「……え?」
動くはずのない土砂の中で、近衛の青い袖が、かすかに震えていた。
「ゲルト!あそこ……あそこです!」
ゲルトも息をのむ。
「馬鹿な……!あの位置で生きているはずが……!」
だが、その次の瞬間。
エルフリーデは走り出そうとしていた。
「妃殿下!!」
ゲルトは不敬と知りながらも思わず、エルフリーデの腕を掴む。
「放して……あのままでは……死んでしまいます……!」
泣きそうな声。
叫ぶこともできないほど胸が苦しい。
危険だとわかっている。でも、止まらない。
助けたい。助けなきゃ。
その思いだけが身体を動かした。
崩れかけた斜面の端に膝をつき、届くはずもない距離へ手を伸ばす。
「お願い……返して……あの人たちを……!」
胸の奥が締め付けられるように痛む。涙がこみ上げる。
そして――
呼ばれた気がした。
──アルトリヒトの神の器よ……




