第1章 冬宮の舞踏会と嘘つきな皇太子 第1話
アミュール大陸は、かつてひとつの神聖国家に支配されていた。
アルトリヒト神聖国家。
神の名のもとに王を戴き、信仰と奇跡を武器に、大陸全土を統べていた国。各地の王侯はアルトリヒトに膝を屈し、
大陸の秩序は「神の意志」によって保たれていた。
――しかし三百年前、その神話が終わった。
アルトリヒトは滅び、神の声は沈黙し、奇跡は歴史から姿を消した。そして空いた覇座を埋めるように現れたのが、オルデンブルグ帝国だった。
神ではなく、剣と法、そして圧倒的な軍事力によって。
それまでアルトリヒト神聖王国に与していた多くの国は、王位と国旗を存続させる代わりに、外交権と軍事権の大半を帝国へ委ねる「属国」となり、名目上の独立を保ったまま、実質的に今度は帝国の支配下に組み込まれた。
また、属国化を免れた一部の国々も、帝国との正面衝突を避けるため、不可侵・通商を主とした同盟協定を結び、事実上、帝国秩序の枠内に収まる道を選んだ。
こうしてアミュール大陸は、大規模な戦乱のない時代を迎えることとなる。
アルトリヒトの時代が「神による統治」であったならば、
オルデンブルグ帝国は、「人の理と力による支配」を完成させた国家だった。
――ただ一国を除いて。
ゼラニア王国。
属国にもならず、帝国との協定にも加わらず、いかなる宗主関係も認めなかった唯一の国。小国ながらも軍事力で帝国と対等であろうとするその存在は、表向きは平穏な大陸秩序の中で、常に静かな緊張を孕んでいた。
そして、かつて大陸を支配したアルトリヒト王家の生き残りは、密かに帝国と条約を結びアルトリヒト自治領として存続していた。しかし19年前、何者かに旧王家の子孫であるアルトリヒト自治領主家族は襲われ、命を落とした。その後現在に至るまで、少ない領民は主人を持たずに、旧遺跡を守り静かに暮らしている。
今その帝国の中心で、新たな物語が静かに動き出そうとしている。




