第4章 ディアス侯爵家の娘として 第2話 問いかけた言葉、返された怒り
同じ日の夕刻。
冬宮の一室。
窓の外には薄く雪が積もり、庭の木々の枝に白をまとわせていた。エルフリーデは、暖炉の火を背に、長椅子の上で膝を抱えるように座っていた。そして今日の兄との出来事を思い出す。
寒くなると心も何だか物悲しくなる。考えなくて良い事まで浮かんでくる。
この頃のエルフリーデの心には常に2つの悩みが支配する。子ができない事、そして自分の出自。
それを掻き消す様に、最近のアレク様は毎晩の様に愛してくれるし、陛下も皇后もニコラウス様も信頼してくれている。それはとても良くわかっている。――でも。
そうして今日の午後、ぽっかり空いてしまった時間に、皇城の庭を散策していたら偶然兄と会った。エルフリーデは常に疑問を抱いていた事を思い切って聞いてみようと兄をお茶に誘ったのだ。
「レオ兄さま……少し、お話ししたいことがあって」
最近気持ちが後ろ向きになっていて、いい加減そんな自分に嫌気がさして、こんなの自分らしくないと思い切って兄に疑問をぶつけようと思ったのだ。
いつもなら柔らかい微笑みを返す兄が、その日は少し眉を寄せた。
優秀な侍女達により庭の東屋に素早くお茶の準備が整えられた。
「ごめんなさい、みんな下がっていてくださる?」
そういうと、侍女も護衛達も声が聞こえない程度に離れて待機する。
紅茶を口にしながら、どう切り出そうかと目線を彷徨わせた。
「……どうした、エル。さっきから顔色が優れない」
エルフリーデは、胸の奥で絡まっていたものをほどくように、勇気を振り絞る。
「兄さま……わたくし、ずっと考えていたのだけれど……。わたくしは本当に…ディアス家の娘なのかしら」
ティーカップを持つレオナルトの手が、ぴたりと止まった。
「……は?」
その一言が、重く響いた。
「わたくしは、ディアス家にある肖像画に描かれているどの歴代侯爵夫妻にも似ていませんし……髪の色も瞳の色も違います。それに、誰も……お父様とお母様が亡くなった時のことをあまり話してくれなくて……」
「エルフリーデ」
低い声だった。怒鳴られたわけではないのに、胸がぎゅっと縮む。
「そんな馬鹿なことを考えるな」
「馬鹿なこと、ですの?」
「そうだ!」
兄には珍しくガチャンと乱暴にティーカップを置く。
レオナルトの声が、いつになく強く響く。
「血の色が違うから?髪が似ていないから?似ていなければ“家族じゃない”とでも言うのか?」
エルフリーデは唇を噛む。
「……だって、わたくしは……拾われた子かもしれないじゃありませんか」
レオの表情が、一瞬だけ痛むように歪んだ。しかしすぐに、感情を抑え込むようにして言い返す。
「拾われた?違う。父上も母上も──お前を娘として迎えると決めて育てたんだ」
「ではやはり……血は……繋がってなくて…………」
「確かに俺とお前は血が繋がっていない。けど血が何だと言うんだ!」
声を荒げた兄に驚いて肩を震わせる。
「俺たちがあの日……必死に守ったのは、血じゃない!お前という命そのものだ!」
「……兄さま……」
「父上も母上もな、お前を抱いた時……本当に嬉しそうに笑っていたんだ。血なんて関係ない! 家族にしたかったから娘にした。俺の妹になった!それだけだ」
エルフリーデの瞳に、揺れる影が浮かぶ。
「……でも……もしわたくしが誰かにとって間違った子だったら……アレク様だって──」
「エルフリーデ!!」
レオナルトの声が辺りにに響いた。その勢いに、エルフリーデの言葉が途切れる。
「いいか、こんな事二度と言うな」
「……」
「お前は誰か何と言おうとディアス家の娘だ。俺の、たった一人の妹だ。それを疑うような言葉は──父上と母上を侮辱するのと同じだ」
怒りというより、傷ついたような声だった。
「……兄さま……ごめんなさい。そんなつもりは……」
「不安になったのはわかってる。でも俺は……お前がそんなふうに自分を疑うのが……耐えられないんだ」
レオナルトは息を吐いて視線をそらす。
「……俺は騎士団長だ。でも、エル……お前の事になると、どうしても冷静ではいられない」
その言い方は、エルフリーデを守ってきた年月の重さを纏っていた。
エルフリーデは胸が締めつけられる。
「……兄さま……私……」
「今日はもう帰れ。その不安は殿下に相談しろ。あの方なら……お前の心を軽くしてくれる」
「……兄さまは、聞いてくれないの?」
「聞きたいに決まってる!大事な家族、妹なんだぞ!」
レオナルトの声が、初めて感情そのものをあらわにする。
「でもな……今のお前が、その不安を俺にぶつけるのは違う。俺では、その影を払えない。払えるのは……お前の夫だけだ」
「……兄さま、怒っているの?」
「ああ、怒ってる。お前が泣きそうな顔でそんなことを言うからだ」
レオは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……そして何より……お前を拾われた子だなんて思わせた世界が……俺は許せない」
エルフリーデの目に、涙が滲んだ。
「兄さま……」
「良いかエルフリーデ。お前がディアス侯爵の血だろうとそうでなかろうと、あの日小さなお前が家に来た時、俺たちは家族になったんだ。家族ってなんだ?血の繋がりが無ければ家族でないなら、お前と過ごしてきたこの年月は何だっていうんだよ!」
「……ごめっごめんなさい」
「帰れ、エル。今日は、これ以上聞いたら……俺は多分、もっと怒鳴る」
エルフリーデは小さく頭を下げ、走るようにその場を離れた。1人残った東屋でレオナルトは一人つぶやいた。
「……エル。お前には本当のことはまだ言えない。
でも──どこの誰の娘だろうが……俺にとっては、あの日からずっと……たった一人の家族だ」
拳を握りしめながら、唇を噛む。
「アレクシウス殿下……頼みますよ。本当に頼みますから……あの子を……二度と不安にさせないでくれ」
その声はエルフリーデには届かない。




