表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
円環の鉄道  作者: TOYA
4/4

第4話 「崩れる秩序」

 車内販売車両を抜けたあと、少年はしばらく立ち止まっていた。

 背後でドアが閉まり、わずかに空気が変わる。

 振り返ると、あの車両は――もうなかった。


 まるで最初から存在しなかったかのように、列車のつながりは滑らかで、切れ目ひとつ見えなかった。

 だが、確かにあった。あの祈りの空間も、あの死者出口も。

 少年は手の中の透明チップを見つめる。淡く青い光が、規則正しく点滅している。


「……なんなんだろう、この列車は」


 足を踏み出すと、次の車両は冷たい金属の匂いで満ちていた。

 壁には無数のパイプと計器が並び、天井からは低い唸り音が響いている。

 足元の床は格子状で、下からは微かな熱気。


「整備区画……みたいだ」


 誰もいない。

 しかし、機械の脈動がまるで心臓のように響いていた。

 列車そのものが呼吸しているようだった。


 少年は慎重に中央通路を進んだ。

 壁のランプが一つ、また一つと灯り、進むたびに後ろの明かりが消える。


 まるで、列車が“彼を導いている”ように。


 ――コン……コン……。


 何かが天井を叩く音がした。

 顔を上げると、そこには点検用のハッチがある。

 音はそのすぐ上からだ。


「……誰か、いるのか?」


 返事はない。

 ただ、もう一度――コン、と音が鳴った。


 その瞬間、車内の照明が一斉に消えた。


 闇。


 息を呑む音が自分の鼓動に混ざる。

 暗闇の中、わずかな赤い非常灯が点いた。


 その光の中に、何かが立っていた。


 人の形をしている。

 けれど、輪郭が滲んでいた。


 まるでガラスの中に閉じ込められた映像のように、焦点が合わない。


 少年は息を潜め、後ずさった。

 その存在が、微かに口を動かす。


 耳鳴りのような声だった。


「帳尻を……合わせなければ……」


「だ……誰……?」


 返事はなかった。

 ただその姿が、ゆっくりと溶けるように崩れていった。

 ガラスの欠片が空中で弾け、音もなく消える。


 照明が戻る。

 さっきまでいたはずの“何か”は、跡形もなかった。


 少年は震える手で壁に触れた。

 壁面のパネルが反応し、淡い光の文字が浮かび上がる。


《車両情報:維持区画B-27》

《解放が必要な車両数:1》


 数秒後、赤い文字が追加された。


《車両開放開始》


 その瞬間、車両全体が低く唸り始めた。

 空気が揺れる。金属のきしむ音が響く。

 まるで“何か”が作られようとしているようだった。


 少年は本能的に逃げ出した。

 ドアの認証端末触れて、次の車両へ飛び込む。

 扉が閉じた直後、背後から轟音が響いた。


 振り返ると、整備区画が沈み込むように消えていく。

 闇に飲まれるように、滑らかに、跡形もなく。


 少年は息を荒げながら、その場に膝をついた。


「……どうなってるんだよ、これ。」


 列車は止まらない。

 止まることを知らない。

 しかし、確実に“何か”が削れ、消えている。


 少年は顔を上げ、次の扉を見据えた。

 ガラス越しに、誰かの影が見える。

 ぼやけたシルエットが、まるで彼を待っているように、微動だにしない。


 息を整え、少年は歩き出した。



 だが、その背後で――

 列車のどこかから、低く唸る声が響いた。


「……解放が始まってしまった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ