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円環の鉄道  作者: TOYA
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第2話 「旅人の女」

 挿絵(By みてみん)

 次の車両へ入った瞬間、息をのんだ。

 ——空があった。


 車両の天井は透明で、どこまでも青が広がっていた。

 いや、よく見れば映像だ。天井いっぱいに張り付いた巨大なスクリーンが、空を映し出している。

 それでも僕には、本物に見えた。

 光が肌を温め、風が頬を撫でるような錯覚さえある。


「——珍しいね。子供が一人でここまで来るなんて」


 声がして振り向くと、長い髪の女の人が座っていた。

 白い服を着ていて、膝の上には透明な端末が浮かんでいる。

 端末の中では、文字のような光が絶えず流れていた。


「あなた、旅人?」


「旅人?」


 聞き返すと、彼女は小さく笑った。


「この列車を歩く人たちを、そう呼ぶの。普通は車両の中で一生を終えるからね」


「あなたも、旅をしてるんですか?」


「ええ。もう十五年くらいかしら」


 十五年。

 その言葉に、胸がざわめいた。


「長いようで短いわ。寿命のほとんどを使ったから」


 彼女は穏やかに言った。

 その笑顔が、どこか儚く見えた。


 僕は思わず口にした。


「外に、出たいんです。出口を探してるんです」


「外?」


 彼女の瞳が、少しだけ揺れた。


「……あなたは、“外”が本当にあると思ってるの?」


「あります。だって、景色が見えるんです。半年に一度」


「ふふ……あれを“外”って呼ぶのね」


 彼女は立ち上がり、通路を歩いた。

 スカートの裾が、静かに揺れる。


「じゃあ、見せてあげるわ」


 天井の端に設置されたパネルを操作すると、スクリーンの映像が切り替わった。

 次の瞬間、真っ黒な空間が広がり、無数の星が流れた。


 ——宇宙。


 どこまでも暗く、どこまでも冷たい闇。


「これが、“外”よ」


「……これは、何ですか」


「列車の外にある空間。私たちは、光速でこの空の中を走っている」


「空って……宇宙のこと、ですか?」


「そう。あなたが見てきた“景色”は、減速のときに映る過去の残像。

この列車が走ってきた軌跡の記録を、車窓が再生してるだけなの」


 息が詰まった。

 僕の知っていた“景色”が、作りものだなんて思いもしなかった。


「……でも、それでも僕は外に行きたい」


 言葉が勝手に出た。


「本物の空を見たいんです」


 彼女は少しの間、僕を見つめて——小さく笑った。


「いい目をしてる。あなたみたいな人がいないと、列車は止まらないわね」


「止まらない、ですか?」


「ええ。止まらないように作られてる。

誰かが“外”を夢見てくれる限り、円環の鉄道は走り続けるの」


 その言葉の意味は、よく分からなかった。

 けれど、胸の奥が少し温かくなった。


 彼女は端末を閉じて、僕の手に何かを握らせた。

 小さな透明のチップだった。


「これ、あなたにあげる。困ったときに端末に差すといいわ」


「……いいんですか?」


「どうせ、私はもう長くないもの」


 そう言って、彼女は少しだけ寂しそうに笑った。

 僕は頭を下げて、次の車両へ向かった。

 扉が閉まる直前、振り返ると——

 彼女は窓際に座り、星を見上げていた。


 列車は今日も、光の中を走り続ける。

 次の車両の向こうに、どんな景色が待っているのかは分からない。

 けれど、あの人の言葉が、ずっと耳に残っていた。


 ——誰かが夢を見ている限り、この列車は止まらない。

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