国防動員法
官邸地下の危機対策室では、神谷総理が呆然とモニターを見つめていた。IMFの声明、G7の緊急会合、そして東京市場の崩壊――それらはすべて、現実のものだった。だが、彼の手元に届いた一通の報告書が、さらに深い衝撃を与えた。
「この空売りの背後に、国内の金融機関が関与していた可能性があります」
報告書を提出したのは、金融庁の特別監査官・白石恭一。彼は冷静な口調で続けた。
「複数の証券会社が、海外ファンドと連携し、皇室消失の報道直前に大規模なポジションを構築していました。しかも、その情報源は……」
白石は言葉を濁した。神谷が苛立ちを隠せずに詰め寄る。
「誰だ。誰が漏らした」
白石は一枚の紙を差し出した。そこには、複数の官僚と与党議員の名前が並んでいた。神谷は目を見開いた。
「……裏切り者か」
その言葉に、室内の空気が凍りついた。
一方、福岡では「日本人民皇国」の指導部が、経済的混乱に対する対応策を協議していた。麗華は、人民解放軍の司令官と並んで会議に臨んでいたが、彼女の表情は冴えなかった。
「経済の混乱は、民心を遠ざけます。秩序の象徴としての“玉座”が揺らげば、我々の正統性も危うくなる」
司令官は無表情に答えた。
「ならば、秩序を強化するまでだ。反体制派は徹底的に排除する、そのために」
司令官は日本国内に居住する中国人約100万人、日本に帰化した100万人に対して国防動員法を発令し、北九州への集結と軍への動員を命じたことを説明した。すでに、大勢が車や新幹線で移動を始めていた。
その言葉に、麗華は心の中では、これでは内戦が始まるではないか、と、そして別の声が響いていた。
「血統も秩序も、民の信頼なくしては空虚だ」
その夜、福岡の街では再び爆発が起きた。今度は、人民皇国の広報施設が標的だった。犯行声明は、SNS上に匿名で投稿された。
「我々は、日本を取り戻す。偽りの玉座に未来はない」
同時に、福岡の市街地で日本人が中国人、朝鮮人を集団で暴行し、市街地で武器を使用する動画が世界中に配信された。