沈黙する鷲
ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下の危機管理室では、深夜にもかかわらず複数の高官が集まっていた。日本皇室の消失と中国の“平和的進駐”という報道に、米国政府は衝撃を受けていた。国家安全保障会議(NSC)の議長が口を開いた。
「これは単なる地域紛争ではない。東アジアの秩序そのものが崩れかけている」
大統領は沈黙していた。彼の前には、日本における米軍基地の配置図と、最新の衛星画像が並べられていた。博多湾に展開する人民解放軍の揚陸艦、福岡県庁に掲げられた新たな旗――それらは、現実のものだった。
「日米安保は、もはや機能していないのでは?」
国防長官が問いかけると、国務長官が即座に反論した。
「安保条約は依然として有効だ。だが、日本政府が機能していない以上、我々が誰と交渉すべきかも不明だ」 議論は紛糾した。CIAからの報告では、日本国内で自衛隊の一部が独自に動き始めており、首都圏では万が一のため、政府要人の保護作戦が進行中とのことだった。NSAは、福岡から発信される新政権の通信を傍受し、指導者“麗華”の演説内容を分析していた。
「彼女の血統主張には疑義がある。中国が利用しているだけの可能性が高い」
大統領はようやく口を開いた。
「我々は、日本の主権を尊重する。だが、同盟国が侵略を受けているならば、黙っているわけにはいかない」 その言葉に、国防総省の幹部たちは緊張を走らせた。
その頃、在日米軍横田基地では、緊急警戒レベルが引き上げられていた。司令官は、東京方面への偵察飛行を指示し、同時に沖縄の海兵隊にも待機命令が下された。
「日本政府からの正式な要請がない限り、直接介入はできない。だが、状況次第では即応せざるを得ない」
一方、米国務省は日本の外務省北米局と非公式な接触を試みていた。大島忠之局長は、神谷総理の指示を受けて、米側に安保条約の維持を懇願する。
「日米安保の破棄だけは、絶対に避けてください」
しかし、米側は冷静だった。
「条約は紙ではなく、信頼で成り立っている。今の日本政府に、その信頼はあるのか?」
ホワイトハウスでは、次なる声明の準備が進められていた。大統領は、国民向けの演説でこう語る予定だった。
「我々は、自由と秩序を守るために立ち上がる。日本の人々が真の意思を示すならば、米国はその声に応える」
その言葉は、世界に向けた警告でもあり、希望でもあった。東アジアの均衡は揺らぎ、米国の選択が、次の時代の形を決めようとしていた。